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世界中――主に探索者界隈を賑やかにさせた試合を終えてから、約二ヶ月が経過した。
人の噂も七十五日とは言うが、残念ながら目立ったイベントというのが闘技場での試合だけではなく、フェノンとセラとの結婚式という大きな祝い事もあったために、俺が人々の視線にさらされる日々はまだまだ継続しそうだった。
覚悟していたとはいえ、こうも視線を向けられ続けるとさすがに精神的にクるものがある。好奇の視線を気にしなくてもいいダンジョンだけが俺の癒しだ。
この二ヶ月間、俺はフェノンの家族と何度も顔を合わせて打ち合わせをしたり、ベルノート伯爵家にお邪魔したり、陛下から『覇王』の称号を頂いたり、領地を与えられそうになったりと怒涛の日々をおくっていた。もちろん、領地は断った。面倒くさいにもほどがある。
俺をこの国に縛り付けておきたいという想いがあるのだろうけど、政治関係のお話はよそでやって欲しい。
それから、闘技場での試合が記憶の彼方に追いやられてしまうほどの盛大な結婚式が行われたのち、俺たちASRは業者に建物の増築と改築を依頼。そして騒がしいリンデール王国から逃げるようにして、隣国パルムールへと馬車を走らせた。
きらびやかに装飾された馬車に乗った俺たちは、警備の騎士と共にいくつかの村や街を経由して、特に何事もなくパルムール王国の領土へと足を踏み入れた。
それからさらに街を経由し、結局移動だけで五日も掛かってしまった。いささか現実での移動を甘く見ていた節がある。ゲームだとポンポーンと楽に転移できるというのに――って、我儘言っても仕方ないか。
「いつつ……。にしても、みんなすごいなぁ。これだけ長時間馬車に揺られたら痛くならないか?」
がたがたと揺れる豪華な馬車。パルムール王国の王都が、ようやくぼんやりと見えてきた。
俺の両隣にはセラとフェノンがいて、向かい側にノアとシリーが座っている。顔を歪める俺に対し、他の四人は余裕の表情だ。
シリーは腰を擦る俺を見て苦笑し、口を開く。
「エスアールさんが知っている乗り物がどれほどなのかは存じませんが、こちらの馬車は世界で一番揺れが少なく、私たちが腰を下ろしている場所にも貴重な緩衝材が使われているんですよ? 私としては、非常に快適です」
シリーの発言に、そうだそうだ――と言いたげにセラも頷く。きっとセラが今まで乗ってきた馬車は、この王族が使用するものより一段劣るものなのだろう。
これが快適に思えてしまうのか……この世界の住人は。一ヶ月ぐらい地球の車に乗ってみて、ぜひとも俺と同じ苦悩を味わってほしい。
というか、なぜノアは平気そうなんだろうか。
こいつは元々神様だし、そもそも乗り物自体に慣れていないはずなんだが。
「僕はちょこちょこヒールで回復してるからね」
「おい心を読む――ってそれズルくね!? 怪我しているわけでもないのに!? 効果あんの!?」
「体力が削られているというより、継続的に微弱なダメージを負っているみたいなものだからねぇ。ヒールもしっかり効果があるよ」
「先に言ってくれよ……」
まさか移動の最終日に申告されるとは……。
もしかすると、俺の意識が最近フェノンとセラばかりに向いていたから拗ねているのかもしれないが、ちょっかいを掛けるなら身体にダメージがない方向でお願いしたい。
顔はややニヤついた状態で、ツンとそっぽを向くノア。
俺が強がって道中痛がるそぶりをあまり見せなかったのも原因だとは思うが、自分も使っているなら教えてくれたっていいのに……。しまいには俺も拗ねるぞ。
嘆息しつつ腰にヒールをかけてから、俺は「それで」と口を開く。
「王都に着いたら向こうの王様たちに挨拶しなきゃいけないんだっけ?」
パルムールにつてが無い俺は、基本的に王族サイドにやり取りを丸投げしていた。
怠慢だとは思うけど、やりようがないんだから仕方ないじゃん! と、心の中で言い訳をしながら。
「それは明日ですね。本日は到着が遅い時間になりますので、あちら側が用意してくれた宿に泊まる形になります」
俺の問いに、シリーがシャキシャキと答える。
彼女は拗ねるノアと違って、主人の幸せを心から喜んでいるように見える。最近さらに表情が明るくなった気がした。ちょこちょことボディタッチが増えてきたように感じるのは、たぶん俺が意識しすぎなだけだと思う。
「それが終わったら自由行動しても大丈夫な感じ?」
「あちら側のお話次第ですが、あまり無理に私たちを縛るようなこともしないと思いますよ。観光とお伝えしておりますし、案内は不要とも言ってあります」
「まぁ、明日になってみなきゃ正確なことはわからないってことだよな。別に時間に追われているわけじゃないし、ゆっくりできるならそれでいいけど」
それに、リンデールの王都と違って民衆は俺の顔を知らない。
だから、人目を気にせず街をのんびりと歩くことができるはずだ。
俺たちの中で一番顔が知られているであろう第一王女であるフェノンも、妙な変装をするまでもなく、髪色を少し変えるだけで本人だと気付く人はいないと思う。
そして、ここは俺達が活動していたリンデール王国でなくパルムール王国なのだから、ASRという探索者パーティのことを知らない可能性だって十分にあるし。
「ダンジョンに行く前にはギルドに顔を出しておく必要があるだろうな。ステータス提示を不要にしておいたほうが、いちいち受付で騒ぎにならずに済む。私たちはともかく、エスアールが覇王の職業など見せたら『本人です』と明言しているようなものだからな」
「おう、勿論行くよ。レグルスさんから手紙を預かってるし、問題ないはずだ」
探索者ギルドが国家間同士でどれほどの結びつきがあるのかは分からないけど、レグルスさんが『これを王都のギルドで見せれば大丈夫』と言って手紙を書いてくれたし、少なくとも仲が悪いということはなさそうだった。
この国の探索者たちも、国際武闘大会などの表舞台に出場していない俺たちのことを知らないだろうし、ギルドで騒ぎになることもあるまい。
その時にたまたま、闘技場での俺の試合を見ていた奴なんかがいないかぎり、大丈夫だろう。