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ご感想や誤字報告、いつもありがとうございます!
おかげさまでコミックは重版となりましたー!
アフターストーリーが作者の予想を超えて長くなり、「もはや第2部なのでは……?」となってきておりますが、気にせず今後も楽しんで頂けると嬉しいです!
闘技場にてスピーチを終えた俺は、そのままパーティハウス兼自宅へと直行した。
夕日はすでにほとんどが沈んでいて、まるでレグルスさんの頭頂部を見ているかのよう――こほん。あと一時間もしないうちに街灯が必要となる暗さになるだろう。試合に夢中で予想よりも時間が経ってしまっていたことは、もはや慣れっこだ。
てっきりスピーチの後は陛下とか宰相のディーノさんあたりに足止めされて、『ちょっと話を聞かせてくれ』なんて言われる羽目になるんだろうなぁと思っていたが、会場を警備していた衛兵に疲れたから帰宅したいという旨をダメもとで伝えてみると、すんなりと俺の意見が通ってしまった。ありがたい。
なんだか腫物扱いされているような雰囲気を感じたが、たぶん気のせいだろう。うん、気のせいだ。
だって俺、そんなに怒ったり無理難題を言ったり、横暴な態度をとったりするイメージはないはずだし……たぶんだけど。
そんなわけで帰宅する。
だが、陛下たちは俺に気を遣ってくれたのだろうけど、観客たちはそうもいかない。
普通に自宅まで徒歩や馬車で帰ろうとしたら囲まれそうだし、あんな試合を見せた後だ――最悪の場合近づいただけで怖がられてしまう可能性もある。それは精神衛生上ご勘弁願いたい。
というわけで、俺はステータスに物を言わせて屋根の上をつたって帰宅させてもらった。これは不法侵入にあたるのだろうかと頭の片隅で考えていると、ノアが隣で「日本だとアウトだろうねぇ」と笑いながら言っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ただいまー!」
表で警備をしていたレイさんとその部下たちに挨拶をしてから、自宅の扉を開く。
フェノンとシリーのペア、そしてセラはそれぞれ親父殿から呼び出しがかかっているようなので、俺は現在ノアと二人だ。全く気を遣わないで良いという意味で、ちょっと落ち着く。
ちなみに迅雷の軌跡たちは、闘技場に訪れていた他国の武闘大会参加者たちと交流を深めているらしい。再会の挨拶というよりは、俺のことを根ほり葉ほり聞かれているような気もするが。
「おかえりなさいませ。エスアール様」
まるで俺たちが帰宅する時間を把握していたかのように、父親兼執事のシオンさんが優雅にお辞儀をする。そのかっこよくダンディな雰囲気を俺に少しばかり譲ってほしい。しかし、普段と比べると心なしか表情が少し硬い気もするな。
ふむ……シオンさんはずっと家にいたはずだけど、実は闘技場での試合の情報をすでに入手済みとか? 彼ならばありえそうだ。
「ありがとうシオンさん。闘技場のイベントは無事に終わったからさ、疲れたから俺たちだけ先に帰ってきた。他のみんなは……どうだろうな? もしかしたら話が立て込んで今日は此処にこないかもしれないから、夕食はとりあえず俺たちの分だけでいいと思う」
「かしこまりました。お夕食は何時頃準備いたしましょうか?」
「えーっと……今何時ぐらい?」
「午後六時を過ぎたところです」
「そっか、じゃあ八時でいいや。とりあえず風呂で汗を流してから部屋でゆっくりしてるよ」
「承知いたしました。ご入浴の準備はできておりますので、いつでもどうぞ」
その後、有能執事に礼を言ってから俺は自室へと移動。掃除をするまでもなく部屋に埃一つ見当たらないのは、前世の俺では考えられないことだ。飲み干したペットボトルの容器は、脚がにょきっと生えて自らゴミ箱に向かってくれることはなく、いつまでもその場に鎮座しているのが常なのだ。
部屋に入ると、当然のようにノアも着いてきた。
別に文句はないんだけど、男の部屋に入ってくるんだから少しは躊躇ったりしてくれると、恋愛弱者の俺としては助かるんだが。いや、こいつは妹設定だから恋愛だの言うのはおかしな話なんだけども。
俺がベッドに腰かけると、彼女は部屋の中央にあるソファにそろりと座った。
「試合の感想を聞きたいところだけど、お兄ちゃんはとりあえずお風呂に入りたいよね。一緒に入る? 今日は特別にお疲れ様の気持ちを込めて背中を流してあげるよ」
「感謝の気持ちを込めて窓から放りだすぞクソガキ」
「それ全然感謝じゃないよねっ!? 行動と想いが逆方向に走ってるよ!」
ぷんすか! そんな音でも聞こえてきそうな雰囲気でノアが言う。
「冗談冗談、でもさすがに背中流されるのは恥ずかしいから気持ちだけ貰っとくわ。それに、ちょっと一人で風呂で試合の反省点をあぶり出したいからなぁ……。いやぁ、覇王職を活かすの中々に難しいわ。さすがに選択肢が多すぎて頭がパンクする。これがターン制のゲームだったらそんなこともないんだろうけど、リアルタイム仕様だともはや無限に近いな」
なんとなく、スキルに振り回されてしまったような試合だった気がする。
いろいろなスキルを自由自在に扱えるのは確かに楽しいが、運用が非常に難しい。
「そこは慣れじゃない? 覇王職で本格的に戦ったのはこれが初めてだったんだし、仕方ないと思うよ」
「だといいがなぁ……ま、それはともかく、フェノンたちのことはミスったな。こっちにくるかぐらい聞いておけば良かったわ。俺も飯食ったあとすぐ寝るか迷うし」
そういった話をフェノンたちとするのを忘れていた……早く人の目線から逃れたくて急いで帰ってきたが、家に辿り着いた途端やり残したことがぞくぞくと思い浮かんでくる。
「もう一度闘技場のステージに入りなおしたらどうなるかも確認してなかったし、結界に再生の兆候があるのかも全然見てねぇや」
「お兄ちゃん試合が終わってシン君たちと話している時、『他の武道大会参加者も気になるなぁ』って言っていなかった?」
「あぁ……一目だけ見ようと思ってたけど、それも忘れてたわ」
「陛下たちに詳しい説明をどうするかも考えておかないとねぇ……もう完全に手の内みせちゃったわけだし」
「それも考えとかないとまずいか……面倒くさいなぁ」
本当に。
ダンジョンの踏破や戦いのことだけを考えていればよかったテンペストが懐かしい。いやもちろん、ゲーム中に現実での暮らしのことも少しぐらいは考えていたが、それは天皇陛下的存在に弁明しなければいけないような今の状況とは内容の重みが違う。せいぜい『このままぶーたれてたらマズイよなぁ』とか『ゴミ出し忘れたなぁ』程度だ。
でも、後にはフェノンやセラとの結婚なんかも控えているわけだし。
楽しい未来が待っているのなら頑張れるってもんだ。これぐらいの面倒、喜んで引き受けてやろう。
そしてフェノンたちと結婚することができて、ASRで自由に動けるようになったなら――、
「他の国のダンジョンに遊びに行こうかなぁ」
道場破りならぬ国破りみたいな。
うん、絶対楽しいわ。