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「ほっ――と」
見る角度によって、俺の首は剣聖の攻撃によって切り裂かれたように見えるかもしれないが、残念ながら薄皮一枚分届いていない。
君たちが本物と同じような動きをしてくれて助かるよ。全身黒色でなければ本当にランキング戦で戦っているみたいだわ。
「だいぶわかってきたかな」
開始から約30分。
相手の視線が読めないことに――そして覇王職の状態で本気で戦うことにも慣れてきた。
それまでにいくらかダメージを負ってしまったが、それは仕方がないだろう。さすがに彼ら相手にして無傷を望むのは自信過剰だ。それは俺に覇王という職業があっても同じである。
まぁ、傷自体は簡単な回復魔法で治癒できるレベルだったし、特に問題はないな。
――さて、勝ち筋はいくつか見えてきた。
一番安全かつ確実に勝利を収める方法は、敵の聖者の魔力切れを待つことだろう。
俺や相手の魔王は、『魔を司る者』のおかげで消費する魔力が少なく、聖者と比べると温存できている状態だ。聖者のスキルである『絶界』や『癒しの泉』では魔力消費を抑えることはできないし、今のところ魔力を温存しているようなそぶりはない。
回復担当の聖者を倒してから、ヒールが使える魔王を回復役に追い込み、そして遠距離の霊弓術士を潰す。それから剣聖二人の相手をすれば一番楽だろう。
だが……その勝ち方はなんとなく、嫌だ。
戦略勝ちといえばそれはそうなんだが、なんとなく覇王職にふさわしい勝ち方と言えないというか、全力の敵を倒した感じがしない。覇王職を得る以前の試合ならば、そんなことをやったこともあるけど、今はそうじゃない。
勝てる見込みがあるのであれば、俺は難しい方に挑戦したい。
例えそれが命を賭けた試合だとしても、ここが俺のたどり着いた頂きであるのなら――、
「その選択肢を選ぶわけにはいかないよなぁっ!」
剣聖が振り下ろした剣を白蓮で強くはじくと、耳を塞ぎたくなるような甲高い音がステージに鳴り響く。
五人の動きをきちんと視界に収めながら、攻撃を一つ一つ丁寧にさばいていく。時には同時に、あるいは利用しながら俺は少しずつ敵を分散し辛い配置へと追い込んでいった。
一人ずつ戦闘不能にして、徐々にイージーになっていく……それでは興ざめだろう!
俺は全員まとめて、捻りつぶしてやりたいんだ!
「名字は『六道』なんて御大層なモノなんだ。それに名前も修維、まさにこの道を進めと言っているみたいじゃないか。まったく……俺の名前はどうやって決められたんだっけな」
父親か母親か。はたまたそれ以外か……うーむ、全然覚えていないな。
そう、俺が歩む道は修羅道。阿修羅が住まう、闘争の世界だ。
修維が修羅になるために足りない『目』は、ノアから随分と前に貰っている。俺がテンペストを始めたその時に、起源の眼を。
俺自身、自分の名前から修羅を連想したことはあるけれど、どうやら俺は傍から見たら戦闘狂らしいし――はは、ぴったりじゃないか。
徐々に敵の行動の選択肢を削りつつ、少しづつ間合いを詰めていく。敵と同様に俺の危険度も上昇しているはずなのに、俺の口角は無意識に吊り上がっていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「本当に楽しそうだな、エスアールは」
最初は劣勢、それから均衡――そして試合開始から一時間がたったいま、エスアールはバカみたいに強く、速く、卓越した技術を持つ敵の五人を、ついに抑え込み始めた。
この試合の状況を理解している人が、この闘技場にはたして何人いるのだろうか。
素人の目には、エスアールの超絶技巧がきちんと写っているのだろうか。どれだけ私たちと差があるのか、理解してくれているだろうか。
エスアールはすごくすごく凄いんだぞ! と観客席を練り歩きながら叫びたい欲求を胸に秘めつつ、「そうね」と相槌を打ってくれたフェノンを見る。彼女は真剣な表情で、真っ直ぐにエスアールの戦いを見ていた。
「私も旦那様にあんな表情をさせるぐらい強くなりたいわ」
「もしそうなったら、間違いなく歴代最強の王女と呼ばれるだろうな。いや……すでになっているだろうな」
彼女だけではない。
迅雷の軌跡も、そしてエスアールを除いたASRのメンバーも。他国の人間も大幅に強くなっている。彼がいなかった頃と比べると、世界全体でレベルアップしているのだ。
……ん? というかフェノン、いまちゃっかりと『旦那様』とか言っていなかったか!?
自分だけずるい――私もだ、だだだ旦那様とか、夫と呼んじゃうぞ! いいのかっ!? いいのだろうかっ!? まだ正式に婚約していないが、いいのだろうかっ!?
そんな暴走しつつある私の思考にはまったく気付いていないようで、フェノンは落ち着いた声色で話す。
「エスアールさんが来てくれたことで、この世界は大きく変わっているもの。強さなんて、以前と同じ指標では語れないわ。ダンジョンの難易度だってそう――あれだけ入手困難だったエリクサーは、そこそこのお金を払えば誰だって手に入れられるようになっているのよ? 私たちもうかうかしていられないわ」
「ははは――第一王女の口から出る言葉とは思えないな」
「ふふっ、エスアールさんの影響かしら。そういうあなただって伯爵家の娘でしょう?」
そう言われて、気付く。そういえば私の実家も貴族だったな……と。
思い返せば彼と関わり始めてから、生まれた時に与えられた地位なんてものは、随分とちっぽけに見えるようになってきていた。これも、どこか飄々としており、堂々としている彼の影響なのかもしれない。
「まったく……私たちの、だ、だだ旦那様が及ぼす影響は凄まじいな」
私がそう言うと、フェノンは戦闘が行われているステージから目を離した。そして視線をこちらに向けて、にやぁ――と少し意地悪そうな笑みを浮かべたのだった。