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緊張が一割、敗北の不安が一割――そして、久方ぶりに強者とやり合える喜びの想いが八割。
そんな偏った気持ちを抱きながら、俺はテンペストの最強パーティである『月』のクローンとの試合に臨んだ。
相手の職業構成は、魔王が一人、聖者が一人、霊弓術士が一人、剣聖が二人だ。
名だたる猛者たちを蹴散らし、トップを突っ走っていた彼らは当たり前のようにレベル100であり、そして当たり前のようにステータスボーナスは全て取得済みだ。というか、ランカー勢はだいたいそうなんだが。
始まる前は覇王というチートな職業のせいで一方的な試合になってしまったらどうしよう――なんてことも脳裏をよぎったりしていたんだが、それは完全なる杞憂だった。
いや、だってさ。
覇王はレベルもなくステータスも固定だし、魔王や剣聖と比べるとステータスもやや低いが、『重力魔法』や『壊理剣』といった職業固有の最強スキルが使えるのに加え、『魔を司る者』や『武の極致』まであるのだ。強くないわけがないだろ。
だからもしかすると案外余裕なのかも……なんて思ったりもしていた。だが、実際に試合が始まってみるとコンマ1秒後には『あ、これヤバい』と気付いてしまったのだ。
そう、始まってからようやく気付いたのだ。
俺はこの試合が決まってから現在に至るまで、何度も何度もテンペストで戦ったことのある『月』と脳内で試合のシミュレーションを行い、そしてきちんと勝利を収めてきた。
だがしかし、ゲームで見た奴らと――現在猛攻を仕掛けてきているこのクローンとには明確な違いがあったのだ。
それは感情のないクローンだから――ではなく、
声を発しないため、敵同士の意思疎通がわからない――というわけでもなく、
――敵が全身真っ黒であるということだった。
「くっそ……わかりづれぇ。せめて眼球ぐらいは色を付けて欲しかったよ、のじゃロリ様」
それはそれで不気味かもしれんが。
前世の俺の身体能力ではあり得ないようなバク転で足元に飛来した魔法と矢を回避し、その勢いを利用して俺に切りかかってきた剣聖を、聖者が控えている方向へと蹴り飛ばす。
そのまま地面に片手を付いた状態で身体をひねり、空いた方の手で白蓮を振るう。その白く輝く小太刀が、もう一人の剣聖が発動した壊理剣をはじいた。
こんな比較的簡単な攻防でさえ、冷汗を掻いてしまう始末だ。
わからないのだ。相手の視線が。
俺自身、自分がここまで敵の目の動きを観察していたことに驚いたぐらいだ。
相手の目の動きが見えないだけで、非常に攻撃が読みづらい。
バスケットボールで、すべてのボールのやりとりがノールックで行われているような状態――とでも言えばいいのだろうか。とにかく動きが読みづらいのだ。
敵の狙う場所もそうだが、俺はどうやら視線から感情も読み取っていたらしく、攻撃の意思、回避の意思、防御の意思――それらの判断も難しくなってしまっていた。
「ひとまず時間をかけてこの状況に慣れないとな。それから魔王と聖者を潰そうか」
俺は敵の頭が言葉を理解していないだろうということで、攻撃を回避しながら堂々と狙いを暴露する。
相手はどうやらアイテムを使うそぶりはなさそうだし、治癒魔法を覚えているあの二人の討伐を優先すべきだろう。
二人の剣聖と切り結びながら、俺は背後に控えている三人の動きを注視する。一人一人を個別に見るのでは遅すぎるため、三人の動きを同時に見て、同時に理解し、そして隙を見つけなければならない。もちろん、それはあくまでついでで、目の前の剣聖の対処が一番ではあるのだけれど。
「楽しいねぇ」
セラたちに付き合ってもらって模擬戦をしていた時は、行動の選択肢の数に余裕があった。それは相手がまだ未熟であるために、相手を倒すための手段が複数あったからである。
しかし、テンペストのランキング戦においてはそうもいかない。最善の行動に最善を繋ぐことでじっくりと状況を好転させる。そして一度でも間違えれば、一瞬にして努力が水泡に帰すような綱渡りの連続だ。
それが、今はどうだ。
「まずは守護結界――」
二人の剣聖との間に結界術士のスキルで防壁を作る。一瞬で結界は破壊されてしまうものの、その一瞬だけで俺の行動の幅は無限に広がっていく。俺は飛び退くように後退してから、体勢を整えた。
「次は重力魔法――からの束縛の矢」
続いて魔王のスキル、霊弓術士のスキルを順に発動していく。剣聖二人の動きを阻害してから、そのまま捕獲する――と、すんなりいけばラッキーなのだが、もちろんそんなに簡単なわけがない。
飛来した敵の魔法たちを躱すついでに、体勢を崩しながら俺の攻撃を避けた剣聖がいる方向へと頭を低くして駆け出す。
白蓮で下から振り上げるように切り付けたのち、
「防御貫通――と」
振り下ろしながら豪傑のスキルを発動。
魔王のスキル、魔を司る者。賢者のスキル、身体強化。剣聖のスキル、武の極致。そして武器の効果である白煌を乗せたダメージが、敵の左肩を襲う。
もう一人の剣聖を壊理剣で牽制しつつ、畳みかけるようにダメージを負った敵に攻撃を加えようとするが――、
「させてくれんよなぁ」
突如として目の前に出現する守護結界。そして襲いかかる重力魔法、そして束縛の矢。
面白いことに、敵が放ってきたスキルも俺が使ったものと似たような構成だった。まぁ、よくある組み合わせなんだけどさ。
攻撃を躱しつつ距離を取る。あぁ、回復されちゃったよ。
ふう、と声に出しつつ大きく息を吐いていると、一粒の雫が目尻を通過するのを感じた。汗を拭うように手の甲でその部分を撫でると、赤い。どうやら束縛の矢の一部が頬をかすめていたようだ。
「目の上はさすがに鬱陶しいな……ヒール」
インベントリからポーションを取りだして使えば、魔力の消費なしに回復ができる。
だが、俺はそうしなかった。例え周囲に舐めプと言われても、甘んじて受け入れよう。
「『月』はアイテム無しで、俺だけ有りとか――興ざめが過ぎるってもんだろ」
戦うための選択肢は、覇王職のおかげで無限に存在している。
テンペストで一番と自負している俺でさえ、頭を抱えてしまうような膨大な量だ。
「さて、次は何を試そうか」
まだ試合は始まったばかりだ。
あぁ、楽しくなってきたなぁ!!