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A-36 挑戦者

A-36 挑戦者

 

 

闘技場に現れた全身黒色の『月』。

闘技場に現れた全身黒色の『月』。

結界と思しき七色に輝く透明な膜から手を離しつつ一歩後ずさると、そいつらは空気に溶け込むように消えていった。

結界と思しき七色に輝く透明な膜から手を離しつつ一歩後ずさると、そいつらは空気に溶け込むように消えていった。

 

「さすがに本人たちが来たわけじゃないか」

「さすがに本人たちが来たわけじゃないか」

 

全く動く気配はなかったし、生物らしい雰囲気もなかった。

全く動く気配はなかったし、生物らしい雰囲気もなかった。

となると、アレはイデア様が用意したコピーといったところだろうか。Sランクダンジョンを踏破したあとに現れたことから、これがSSランクダンジョンの代わりだということが予想できる。

となると、アレはイデア様が用意したコピーといったところだろうか。Sランクダンジョンを踏破したあとに現れたことから、これがSSランクダンジョンの代わりだということが予想できる。

ベノムと比べると難易度が急に上がりすぎて笑えてくるんだが……ははは。

ベノムと比べると難易度が急に上がりすぎて笑えてくるんだが……ははは。

 

「い、いま闘技場に現れたのはっ!?」

「い、いま闘技場に現れたのはっ!?」

 

騎士の一人が、慌てた様子で駆け寄ってきた。俺の顔と、誰もいなくなった闘技場へ交互に視線を向けている。

騎士の一人が、慌てた様子で駆け寄ってきた。俺の顔と、誰もいなくなった闘技場へ交互に視線を向けている。

 

「おそらくですが、あの黒い彼らはSSランクダンジョンのボス――に相当するかと」

「おそらくですが、あの黒い彼らはSSランクダンジョンのボス――に相当するかと」

 

「そんなバカなっ!? これがダンジョンだというのかっ!? しかもSSランクだと!?」

「そんなバカなっ!? これがダンジョンだというのかっ!? しかもSSランクだと!?」

 

いやほんとにね。俺も騎士さんたちの立場だったら『んなわけあるか』と一笑に付していただろうし。

いやほんとにね。俺も騎士さんたちの立場だったら『んなわけあるか』と一笑に付していただろうし。

そもそもこれをダンジョンというのは不適切なのかもしれないけど、凡庸な俺の頭では適切な言葉なんて即座に思いつかないんだよ。あれは前世で同じゲームをしていた時にいた最強パーティですよ――なんてもちろん言えないし。

そもそもこれをダンジョンというのは不適切なのかもしれないけど、凡庸な俺の頭では適切な言葉なんて即座に思いつかないんだよ。あれは前世で同じゲームをしていた時にいた最強パーティですよ――なんてもちろん言えないし。

 

たぶん、これはイデア様が俺のために用意してくれた特別な敵だ。普通のダンジョンのように、繰り返し挑戦できるのかもわからない。倒したらそれで消滅――なんてことも可能性としてないわけではない。

たぶん、これはイデア様が俺のために用意してくれた特別な敵だ。普通のダンジョンのように、繰り返し挑戦できるのかもわからない。倒したらそれで消滅――なんてことも可能性としてないわけではない。

 

「イデア様もとんでもない敵を出してきたものだね」

「イデア様もとんでもない敵を出してきたものだね」

 

こそこそと、ノアが俺の隣にきて小さな声で言う。

こそこそと、ノアが俺の隣にきて小さな声で言う。

地球で俺を監視している頃に見ていたのか、もしくは俺の思考を読んだのかはわからないけど、彼女も目の前に現れた敵の正体に気付いたようだ。

地球で俺を監視している頃に見ていたのか、もしくは俺の思考を読んだのかはわからないけど、彼女も目の前に現れた敵の正体に気付いたようだ。

 

「エスアールに不可能はないからな! どんな敵でも問題はないさ!」

「エスアールに不可能はないからな! どんな敵でも問題はないさ!」

 

そして、ノアのすぐ後ろでセラが胸を張って言う。

そして、ノアのすぐ後ろでセラが胸を張って言う。

それに反応して、騎士の人が「さすがだ」「すごい」などと口にしながら俺にキラキラした目を向けてくる。さすがに間近で言われると恥ずかしいから遠慮願いたい。

それに反応して、騎士の人が「さすがだ」「すごい」などと口にしながら俺にキラキラした目を向けてくる。さすがに間近で言われると恥ずかしいから遠慮願いたい。

 

「ははは……期待に応えられるよう頑張ろうか」

「ははは……期待に応えられるよう頑張ろうか」

 

もし皆が見ている前で死んだりしたら、完全にトラウマになるだろう。

もし皆が見ている前で死んだりしたら、完全にトラウマになるだろう。

俺が挑戦する時は、闘技場を立ち入り禁止にでもしてもらったほうがいいかもしれないな。

俺が挑戦する時は、闘技場を立ち入り禁止にでもしてもらったほうがいいかもしれないな。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

ふう……闘技場に『月』が現れるとは、なかなか興味深いものが見れた。

ふう……闘技場に『月』が現れるとは、なかなか興味深いものが見れた。

 

さ、かえろかーえろ。

さ、かえろかーえろ。

 

 

――というわけにはいかず、俺は騎士たちに連れられて本来の目的である王城へと足を運んだ。控えめに言ってめちゃくちゃ面倒くさい。ダンジョンのことだけ考えたい人生だった……。

――というわけにはいかず、俺は騎士たちに連れられて本来の目的である王城へと足を運んだ。控えめに言ってめちゃくちゃ面倒くさい。ダンジョンのことだけ考えたい人生だった……。

 

謁見の間にてゼノ陛下よりお褒めの言葉を頂く。

謁見の間にてゼノ陛下よりお褒めの言葉を頂く。

貴族になって領地経営なんぞやってられるか! 俺はダンジョンで生きる! というスタンスであることはフェノンから伝わっているはずなので、ゼノ陛下も俺に爵位を与えようとはしなかった。

貴族になって領地経営なんぞやってられるか! 俺はダンジョンで生きる! というスタンスであることはフェノンから伝わっているはずなので、ゼノ陛下も俺に爵位を与えようとはしなかった。

 

そして予想通り、俺には称号が与えられることになるようだが、その名称については精査中であるとのこと。そんなに悩むことなのかね。

そして予想通り、俺には称号が与えられることになるようだが、その名称については精査中であるとのこと。そんなに悩むことなのかね。

王様たちにも悩む時間はそれなりにあったのだから、とっくに決まっているものだと思っていた。

王様たちにも悩む時間はそれなりにあったのだから、とっくに決まっているものだと思っていた。

 

だが、謁見から約一時間後。

だが、謁見から約一時間後。

俺は彼らが称号について悩んでいる理由を知ることになった。

俺は彼らが称号について悩んでいる理由を知ることになった。

 

 

「神託があったのだよ」

「神託があったのだよ」

 

「ぶふっ――し、神託ですか?」

「ぶふっ――し、神託ですか?」

 

対面のソファに座るゼノ陛下が口にした言葉を受けて、俺は思わず口に含んだ紅茶を吹き出しそうになってしまった。ちょっぴり口から漏れた雫がテーブルに落ちると、シリーがさっとハンカチで拭ってくれた。

対面のソファに座るゼノ陛下が口にした言葉を受けて、俺は思わず口に含んだ紅茶を吹き出しそうになってしまった。ちょっぴり口から漏れた雫がテーブルに落ちると、シリーがさっとハンカチで拭ってくれた。

 

現在、王城にある応接室にいるのはASRのメンバー、そして国王ゼノ、宰相ディーノ、二人の近衛の九人である。

現在、王城にある応接室にいるのはASRのメンバー、そして国王ゼノ、宰相ディーノ、二人の近衛の九人である。

この場は非公式だ――という前置きの後、陛下は険しい顔つきでそんなことを言ったのだ。

この場は非公式だ――という前置きの後、陛下は険しい顔つきでそんなことを言ったのだ。

 

左に座るセラのその向こう――ノアに視線を向けると、ぶんぶんと顔を横に振る。ふむ、彼女はこの件に関してノータッチらしい。となると、神託を下したのは消去法でイデア様になるのだが……。

左に座るセラのその向こう――ノアに視線を向けると、ぶんぶんと顔を横に振る。ふむ、彼女はこの件に関してノータッチらしい。となると、神託を下したのは消去法でイデア様になるのだが……。

 

とりあえず、気になることを片っ端から聞いてみることにしようか。

とりあえず、気になることを片っ端から聞いてみることにしようか。

 

「その神託は陛下に直接ですか? そして神様の名前は?」

「その神託は陛下に直接ですか? そして神様の名前は?」

 

「私に直接だ。他の者にも神託が下ったのかもしれぬが、今のところそのような情報はない。もちろん神託をしてくださったのは創造神であるイデア様だ」

「私に直接だ。他の者にも神託が下ったのかもしれぬが、今のところそのような情報はない。もちろん神託をしてくださったのは創造神であるイデア様だ」

 

完全にイデア様はこの世界を乗っ取っているらしい。

完全にイデア様はこの世界を乗っ取っているらしい。

いずれノアに返却する時は神様の名前をすり替えたりするんだろうけど。

いずれノアに返却する時は神様の名前をすり替えたりするんだろうけど。

 

「その話をここでするということは、俺たちに関係のある内容なんですね?」

「その話をここでするということは、俺たちに関係のある内容なんですね?」

 

「うむ。察しがいいな。ASRに――というよりは、お主に関わりのある話だ」

「うむ。察しがいいな。ASRに――というよりは、お主に関わりのある話だ」

 

ほほう……しかしイデア様も俺に関係のある話ならば、直接言えばいいのに。なぜわざわざ王様を介して伝えようとしたのだろうか。

ほほう……しかしイデア様も俺に関係のある話ならば、直接言えばいいのに。なぜわざわざ王様を介して伝えようとしたのだろうか。

 

「それで、どのような内容なんですか?」

「それで、どのような内容なんですか?」

 

そう問いかけると、陛下は瞬く間に沈痛な面持ちになる。それから、大きく息を吐いた。

そう問いかけると、陛下は瞬く間に沈痛な面持ちになる。それから、大きく息を吐いた。

 

そして、

そして、

 

「では、神託の一部を抜粋して伝えよう――『闘技場にてSランクダンジョン踏破者、エスアールに我が用意した敵と試合をさせよ。観客として貴族はもちろん、民衆も可能な限り配置するのじゃ』――とのことだ。たとえ他の者がSランクダンジョンをクリアしようとも、参加はできないらしい」

「では、神託の一部を抜粋して伝えよう――『闘技場にてSランクダンジョン踏破者、エスアールに我が用意した敵と試合をさせよ。観客として貴族はもちろん、民衆も可能な限り配置するのじゃ』――とのことだ。たとえ他の者がSランクダンジョンをクリアしようとも、参加はできないらしい」

 

そんなことを言った。

そんなことを言った。

いやまぁ、一人で戦うことは想定の範囲内――というかセラやフェノンたちをあいつらと戦わせるつもりは微塵もなかった。たとえできたとしても、俺が全力で止めるだろう。冗談抜きで死ぬわ。

いやまぁ、一人で戦うことは想定の範囲内――というかセラやフェノンたちをあいつらと戦わせるつもりは微塵もなかった。たとえできたとしても、俺が全力で止めるだろう。冗談抜きで死ぬわ。

それよりも、

それよりも、

 

「観客ですか……」

「観客ですか……」

 

こっちのほうが問題だ。

こっちのほうが問題だ。

もちろん負けるつもりはない。覇王の職業があるのだし、何がなんでも勝つつもりだ。

もちろん負けるつもりはない。覇王の職業があるのだし、何がなんでも勝つつもりだ。

 

だが、万が一ということもある。

だが、万が一ということもある。

 

この世界には大切な人が複数いるので、いざという時には緊急帰還も視野に入れているが、多くの人の前でそんな格好悪いことはできないし、逃げるのは俺の性分ではない。厄介だ。

この世界には大切な人が複数いるので、いざという時には緊急帰還も視野に入れているが、多くの人の前でそんな格好悪いことはできないし、逃げるのは俺の性分ではない。厄介だ。

 

「一人で挑むことに不安はないのですか?」

「一人で挑むことに不安はないのですか?」

 

陛下の傍に控える、ディーノ様が『心配なのは観客のほうか!』とでも言いたげな表情で言ってくる。一人で戦うことは問題ない――そう俺が答えるよりも先に、俺の両隣にいる女性陣が口を開いた。

陛下の傍に控える、ディーノ様が『心配なのは観客のほうか!』とでも言いたげな表情で言ってくる。一人で戦うことは問題ない――そう俺が答えるよりも先に、俺の両隣にいる女性陣が口を開いた。

 

「ふふ、エスアールさんの真価は一人の時に発揮されるのよ!」

「ふふ、エスアールさんの真価は一人の時に発揮されるのよ!」

 

「うむ! まさに修羅のような戦いだからな! 私が付いていっても、残念ながら足手まといにしかなるまい」

「うむ! まさに修羅のような戦いだからな! 私が付いていっても、残念ながら足手まといにしかなるまい」

 

まるで自分のことのように、彼女たちは自信満々に言い放つ。照れるぞ。

まるで自分のことのように、彼女たちは自信満々に言い放つ。照れるぞ。

 

「えっと……まぁそんな感じですね。彼女たちも実力は付いてきているのですが……イデア様からの神託どおり、俺は一人で戦いますよ」

「えっと……まぁそんな感じですね。彼女たちも実力は付いてきているのですが……イデア様からの神託どおり、俺は一人で戦いますよ」

 

おそらく、イデア様は俺の地位向上のため――俺が二人の婚約者として周囲に認められるように、このような場を用意してくれたのだろう。非常にやりづらいが、やるしかないだろうな。

おそらく、イデア様は俺の地位向上のため――俺が二人の婚約者として周囲に認められるように、このような場を用意してくれたのだろう。非常にやりづらいが、やるしかないだろうな。

 

まさかこの世界で俺がまた、挑戦者になれる日がくるとは……喜ばしい限りだ。

まさかこの世界で俺がまた、挑戦者になれる日がくるとは……喜ばしい限りだ。

 

 

 

 


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