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Fランクダンジョンに着くと、アーノルドとジルの二人が受付横の空き地で暇そうに腕組みをしながら会話をしていた。
Fランクダンジョンに向かおうとするビギナーたちは、異質な空気を放つ彼らを遠目からチラチラと見ているだけで、まるで目に見えない結界でも張られているかのように近づこうとしない。
放つ空気が強者のモノゆえなのか、単純に貴族っぽい服装だからなのかは知らないけど。
近づいてくる俺たちに気付くと探索者たちはギョッとした表情になり、アーノルドは笑顔で手を振ってくる。ジルは少し不満げな様子だ。
「おはよう! 朝早くからすまないなっ!」
「遅刻よ遅刻っ! 五分の遅刻よっ!」
対照的な反応を見せる二人に、こいつらは本当に姉弟なのかと思ってしまう。いや、姉弟だから対照的なのか? 一人っ子には難しい問題だ。
俺たち三人は、大した悪びれた様子もなく謝罪の言葉を口にする。五分ぐらい許してくれよ。不可抗力だったんだし。
「しかし――シンとエスアールは本当に仲が良かったんだな。言葉では聞いていたが、実際に目の当たりにすると新鮮な気持ちだ」
「同じ国で、一、二位のパーティだし、相手を蹴落とそうなんてお互いに考えてないからな。俺からすればお前たちとエスアールが話しているほうが奇妙だぞ」
「まぁ、色々あってな――そうだシンっ! 時間があれば俺とも一戦交えないかっ!?」
「あー……時間があれば――じゃないか。そんな気力が残っていれば、だな」
苦笑しながら答えるシンに、とりあえず了承を得られたと思ったのかアーノルドは機嫌良さそうに「ではそうしよう!」と答える。
で、アーノルドの姉とは思えない外見のジルはというと、
「それはどちらが一位で、どちらが二位なわけ?」
少し前のシンの発言を引っ張ってきて、彼女は問い詰めるような口調で言った。
おそらく、昨日の俺の発言の真偽を確かめるためだろう。だが、今はまだ周囲に人がいるからなぁ……。
「とりあえず中に入ろう。僕たちの話は、誰にでも聞かせていいようなモノではないからね」
そう言ってノアは、周囲の探索者を牽制するように視線を動かすと、俺の服の裾を引っ張って「ほら、行こうよ」と声をかけてくる。
大人っぽかったり子供っぽかったり、忙しい精神年齢だな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
まずは手分けしてスライムたちを倒そうか。
そんな話になったのだが、アーノルドとジルが準備運動がてら倒してくると申し出てくれたので、お言葉に甘えて俺たちリンデール王国組はのんびりとさせてもらっている。
といっても、ここはFランクダンジョンの一階層。
敵の数もダンジョンの広さも大したことはないので、三分とかからずに終わってしまうだろう。
カップ麺を作っても食う時間がない。いや、そもそもこの世界にカップ麺なんてないんだけどさ。
アーノルド曰く、最後の一匹は倒さずに試合の邪魔にならない場所に放置しておいたほうがいいとのこと。
そうすればスライムに流れ弾が被弾するまでの間は、カウントダウンタイマーが起動しない。そのため、より長い時間戦うことができるという計画のようだ。
「無知ってのは怖ぇな……三分持てば上出来だってのに。お前さん、手加減するつもりはないんだろ?」
「しない。エリクサーがあるとはいえ、さすがに致命傷になるような攻撃とかは無しだけどな。職業は剣聖でいく」
「……ん? 覇王じゃないのか?」
「何も知らないあの二人の前でスキル乱発できるわけないだろ……一応この職業は極秘中の極秘だぞ? だから剣聖。スキル抜きのドンパチなら、現状この職業が一番だからな」
「なるほど……そういえばそうか」
俺の言葉を聞いて、シンは納得したように頷く。
一応彼らにもステータスの説明は一通りしてあるので、きちんと記憶に刻み込まれていれば、俺のステータスが頭に思い浮かんでいるだろう。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰20
職業︰剣聖
レベル︰91
STR︰SS
VIT︰SSS
AGI︰SS
DEX︰S
INT︰SS
MND︰SS
スキル︰気配察知 二連斬 見切り 威圧 飛空剣 逆境 俊足 防御貫通 幻影剣 壊理剣
ステータスオールSの覇王と比べると、スキル抜きでの戦いでは剣聖に分があることは明らかだ。
接近戦で有用な常時発動型のスキルはだいたい剣聖に集まっているし、スキルを使用しないのであればINTなどいくら高くても意味はない。
――といっても、プレイヤーボーナスのおかげで物理職だというのに、魔法系のステータスが無駄に高いんだがな。
「シン君も準備運動するかい? 相手になるよ?」
「……そうだな。エスアールはガチっぽいし、下手したらあの世行きだ」
「そんなヘマしねぇよ」
「冗談だ――それぐらいわかってるって。じゃあノア、剣で頼む」
「了解。お兄ちゃんも軽くアップしておかないと、足をすくわれちゃうかもよ?」
「足がつったりしてな」
クク――とイケメン全開の微笑を浮かべ、シンはノアとともに俺から少し離れた所に移動し、剣を交え始めた。
ダンジョン内に鳴り響く金属がぶつかり合う音に反応し、ヴィンゼット姉弟は討伐の手を止め、食い入るように二人のウォーミングアップを眺めていた。
おーい、スライムはまだあと四匹いるぞー! 一匹だけ残すんじゃないのかー!
「ま、いいか。俺も今のうちに準備運動ぐらいしておこう」
ノアたちの様子を視界に入れた状態で、足、腕、腰――と、入念に身体をほぐしつつ、どのように戦うかを頭の中で思い浮かべる。
こちらから攻めてもいいが、それは俺の本領発揮とは言えないしなぁ……やっぱりカウンターで仕留めたい。単純に好みの問題でもあるんだけどさ。
本音を言ってしまえば、覇王でありったけのスキルを使って『ひゃっほう』としたいぐらいだ。
だってこんな魅せるのにもってこいの職業、やっぱりみんなに見せびらかしたいじゃないか。
「それは諦めてるけども」
なにしろ、ここはリセットができるゲームではなく、死んだらコンテニューのできない現実なのだし。
「一度コテンパンに負けて、奮起してくれたらいいんだがなぁ」
ダンジョン探索を続けると、ここまでこれるんだぞ――と。
頂点ってのは、そう簡単に手が届くような場所にはないんだぞ――と。
ダラダラした日々を送っていたのでは、到底追いつけないぞ――と。
願わくば、俺の覇王を奪いにくるぐらいの気概で、レベル上げに励んでもらいたいものだ。
死なない程度に頑張ってほしい。
そしてシンたち迅雷の軌跡のように、まだまだ上があると信じて高みを目指してほしい。
それはまだ、もう少し先の話になりそうだけどな。
シンとノアの身体が温まってきた頃合を見計らい、俺はインベントリから取り出した弓を構える。呼吸を整え、神経を研ぎ澄ませた。
そして立ち位置を微調整してから、待つこと数秒――、
「ほいっと」
スライム三匹が直線上に連なったタイミングで、矢を放つ。ドッドッド――という音を立てて、矢はそれぞれスライムの中心を撃ち抜いていった。
呆気なく粒子となって消えていくスライムに、俺以外の四人の視線が集まる。そしてその視線は流れるように俺へと移動してきた。
「そろそろやろうか」
短く、四人に向かって声を掛ける。
さぁ、今持てるお前たちの全力で、俺を倒しにこい。
そして頂きの力を、その目に焼き付けてくれ。