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ダンジョンの外に出るとすでに日の光は姿を消し、代わりになりを潜めていた無数の星が互いの存在を主張し合うかのように力強く瞬いている。
果たしてあの中に俺の知る星はあるのか――住む場所は違っても、見ている星が一緒だったらロマンチックだなぁ……などと考えてみたり。
いま俺が大切にしたい人はみんな、この世界にいるんだけどさ。
「晩御飯はどこで食べる?」
「せっかくだし行ったことのない店にいくかぁ」
崩壊前に王城の敷地内で暮らしていた頃は、人目が気になったり、聞かれてはまずい話をすることが多々あったために行く店は限られていた。
だが、視線に慣れてしまったことや、俺たちに対する周囲の住民たちの興味が薄れてきたこともあり、現在暮らしている商業都市レーナスではわりと自由に過ごしている。
俺から『勇者』という称号が無くなったのも要因の一つといっていいだろう。
「そうだな。王都ではいつも決まった店にしか行っていないから、もしかすると新たな発見があるかもしれないぞ」
現在王都を歩くのは俺とノア、そしてセラの三人だ。
先ほどまで行動を共にしていたアーノルドは、誰かと落ち合う予定があるらしく俺たちとは王都に到着したときに別れた。
最後までノアやセラに向けて名残惜しそうな視線を向けていたが、待ち合わせをすっぽかすことのできる性格ではないようで、しぶしぶながら去っていった。
「少し街を巡ってみようか。パレードが終わったとはいえ、まだお祭りモードは継続中みたいだし」
昼間と比べると人はかなり減っているのだが、屋台がまだ立ち並んでいるため飲み歩いている人も多い。顔見知りの探索者がすれ違いざまに手を振ってきたので、俺も適当に手を振り返す。
彼らは友達というよりも仕事仲間って感じだ。地球で社会人をやっていた頃と違って、随分と気安い関係だけど。
「――っ!? そういえばお兄ちゃん! ダンジョンで焼き鳥奢ってくれるって言ったよねっ!?」
言ってないから。そういう思考はしたけど、発言したわけじゃない。
「それはもう言ったようなものだよ!」
「あー、二人共。内容がまったくわからないから、その会話の仕方は止めてほしいんだが……」
拗ねたように、そしてちょっと寂しそうな表情を浮かべてセラが言う。
セラの言う通り、周りが聞いたらわけわからないだろうな。申し訳ない。
こんなことを言ったら怒られそうだが、彼女のシュンとした顔はとても可愛かった。
「ごめんねセラ。えっと今はねぇ、お兄ちゃんが『セラのその表情可愛い』って考えてるよ」
「――っ!? エスアールっ!?」
よっ、余計なことをっ! このクソガキめっ!
予期せぬ返答をノアから受け取ったセラは、驚愕、羞恥、動揺――様々な感情が入り混じった表情を浮かべて、俺から一歩距離を取った。俺も自然と頬が引きつってしまう。
「あ、いや、その……まぁ、なんだ………………すまん」
こういう時に恋愛経験が豊富な人ならば、気の利いたことを言ってさらっと切り抜けられるのだろう。ダンジョンでこういう部分もレベルアップできればいいんだがな。残念ながらこの世界はそんな仕様ではない。
女性に囲まれて生活をしているのだから、もう少し成長を遂げてもいいはずなのに。
まったく、恋愛ってやつは複雑だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
少々気まずい雰囲気のまま、俺たちは街をぶらぶらと歩いた。
約束通りノアに焼き鳥を奢り、ついでにセラと自分の分も購入して体力補給。それから晩御飯に良さそうな店を探すこと十分ほど。
大通りから少しそれた場所に、良い雰囲気の店を見つけた。
こぢんまりとした店舗で、あまり飲食店であることを主張していないような外観。だが、扉には『営業中』の札が掛かっており、おすすめのメニューが書かれた小さなプレートも下げられている。
この世界はゲームを基礎としているために、日本食が多い。
さすがにそれだけではなく、日本にもゲームの中にもなかった食べ物や料理も存在するのだが、それらはあまり美味しくなかった。一度食べれば『もういいかな』と思ってしまう程度の味だということだ。
「僕はオムライスにしようかなぁ」
「私は店の中でメニューを見て決めよう。ここに書かれている以外にも種類はあるだろうし」
「俺もそうしようかな。特に惹かれるものが無ければステーキセットで」
ガラス越しに店内の様子を見てみると、テーブル席がいくつか空いていた。
俺たちに絡んできそうな輩や、酔っぱらいも見当たらないし、ここに決めようか――そう思った時、
「後ろから来てるよ、お兄ちゃん狙い」
「げ、了解」
短く返事をして、気配に注意をしながら振り返る。
すると、ノアより少し年上に見えるぐらいの少女が、俺に向かって真っすぐに歩を進めてきているのが見えた。
彼女が持つスミレのような薄紫の髪は、俺の記憶の中に存在する人物図鑑とは合致しない。好戦的な笑みを張り付けて、歩調を乱すことなくゆっくりと近づいてくる。
俺の気配察知によると悪意的な反応はない――だが、ノアによるとなぜか俺を狙っているらしい。
具体的なことは心を読めるノアのほうが理解していそうだが、それを確認している暇はなさそうだ。
俺の前に出ようとしたセラを手で制した瞬間、少女は右足で力強く踏み込んだ。一瞬で俺との距離を詰めると、素早く腕を引き拳に力を籠める。
「……ん?」
ここで俺は一つ、とても大きなミスをしてしまった。
本能的なモノではなく――経験則からくる無意識の反応。
彼女の腕の長さ、脚の位置、体勢――脳に流れ込んでくる大量の情報を総合的に判断し、どのように身体を動かせば最善の回避ができるのかを導き出そうとした。
だが――、
「なんのつもりだ?」
動くまでもなく、彼女の攻撃は当たらない。
綺麗なフォームから繰り出された拳は、俺の鼻先数センチのところで停止していた。
もともと当てる気がなかったらしく、ただ俺を驚かせたかっただけらしい。
いきなりのことで理解が追い付かず、少女が俺の問いに答えるのを待っていると、一瞬目を丸くした少女は、すぐに表情を引き締め、今度は俺の顔のすぐ横――耳たぶに触れるぐらいの場所に拳を突き出してくる。
「――だからなんだよ。いきなり殴りかかってくるとはどういう了見だ?」
その攻撃を、俺は頭を少し傾けることで回避。
男にねたまれるような生活をしていることは否定できないが、このような少女に襲われるようなことをした覚えはない。本当になんなんだこの子。
「お兄ちゃん、それはマズいよ……」
おそらく状況を一番正しく理解しているノアが、呆れの混じった声で呟く。いや、意味がわからん。普通避けるだろ。
「なにがマズいというんだ。誰がどう見ても悪いのはこの少女だろう? もう捕えていいか?」
セラが冷静な口調で、しかし声色に憤怒を宿して言う。
だが、それに対してノアは首を横に振った。そして何かを諦めたようにため息を吐いて、言葉を続ける。
「どうやら彼女はお兄ちゃんの力試しをしてみたかったみたいだ――あのね、お兄ちゃん、彼女は探索者の中ではかなりの実力だと思うよ? 攻撃に驚いたり、避けられないのが正常。見切っちゃったらダメだよ」
やれやれ、と言いたげなジェスチャーを交えつつ、ノアは「口止めしとくべきかな」と外見や表情からは想像できないような物騒なことを口にした。少女は驚愕の表情を浮かべ、俺たちから一歩後ずさる。
あぁ……そういうこと。ようやく理解した。
俺は特に取り柄がなく、ASRの雑用係ということになっている。だから彼女の攻撃に対する反応としては不正解の行動をとってしまったわけだ。
驚く演技や攻撃にわざとあたる演技の練習が必要らしい。
「口止め――というか、まずは話を聞きたい。俺を標的にしたのも何か理由があるんだろうし」
「そうだね。ということは、この店はお預けかな?」
「……だな。ではいつもの防音個室がある店に行くか。この少女も連れて」
ビクビクしている少女を前に、三人そろって大きなため息を吐いていると――、
「――はぁっ、はぁっ……ジル姉さん、勝手にふらふら歩かないでくれよ――ってノア様!? あぁ、夜の世界が色付いてゆく……」
現れたのは、自称レゼル王国最強の男――アーノルド=ヴィンゼット。視界にノアを入れると、瞬時に目がハートに切り替わった。相変わらずだなコイツ。
……ん? いま『ジル姉さん』って言ったよな。
ということはこの少女はアーノルドの姉である、ジル=ヴィンゼットなのか? この見た目で?
アーノルドが話した内容だと、たしか国際武闘大会に出場しており、武器無しではレゼル王国一の強さを誇るという――、
「あぁ……たしかに。こりゃダメだわ」
彼女の攻撃は安易に避けるべきではなかったのかもしれない。というか避けたらアウトだった。
ノアが言った通りアーノルドともども、俺のことを内緒してもらうようお願いしないといけないな。
あくまで、穏便に。