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五階層はほとんどセラとノアにまかせっきりの形となり、俺は暇つぶし程度に弓でオークをチクチクと攻撃するぐらいだった。
あまりにも精度や威力が高いとアーノルドに違和感を抱かれそうなので、適当に誤魔化しつつ参戦。
オーガに触れるか触れないか――そんな感じで矢を放つと、交戦中のセラが驚いた表情でこちらを振り返った。――が、彼女はアーノルドと俺を交互に見ると、納得したように顎を引く。
俺が攻撃を外すのがそんなに意外かね。わざとじゃなくとも、寝不足の時なんかだとたまにあるんだがな。というか前見なさい、危ないでしょうが。
そしてようやく、俺たちは慣れ親しんだオーガ30体の討伐を終え、ボスの待つ階層へと転移した。
「ほう……こいつは大きいな。武器のリーチも長い――接近するのに苦労しそうだ」
初めて見るサイクロプスを眺め、アーノルドはさっそく敵の分析を始める。
顎に手をやり、死体でも検分するような目付きでじっくりと観察していた。
もちろん俺はそんな状況に遭遇したことはないんだけども。なんとなくね。
そういえばシンが最初にこいつを見た時『勝てっこない』だなんて言っていたっけ? あの頃はBランクダンジョンのボスというだけで『勝てない』というイメージが刷り込まれていただけなのかもしれないから、今のアーノルドと比較するのは少し可哀想だけども。
アーノルドはレゼルでBランクダンジョンの踏破実績があるし、このぐらいの敵ならば見慣れていても不思議はない。
「私が一人でやってもいいか? 最近はパーティで挑むばかりだったから、一人で倒せるか再確認したいんだ」
セラは特に気負った様子もなく、淡々とした口調で俺とノアに問いかけてきた。
彼女は俺と一緒にSランクダンジョンの『わたあめ』を倒した経験もあるし、今さらサイクロプス程度には怯えない。
特に悩むこともなく俺たち偽兄妹は、いいぞ――いいよと言葉を返した。
だが、この場には彼女の言葉を素直に受け取れない男が一名。
「まさかセラ一人でボスに挑むのか?」
不安そうに、眉を寄せながらアーノルドが問いかけてくる。
「彼女は一人でのボス戦経験があるから、特に心配はいらないぞ。万が一危なくなったら俺たちがサポートするし、油断しなければ危険はない」
まだ挑戦させたことはないが、サイクロプスぐらいならばシリーやフェノンでも倒せるはずだ。彼女たちのステータスは他の国の連中と比べると雲泥の差だし、強い魔物との戦闘経験も豊富だからな。
「なるほど、さすがは剣姫といったところか。私も精進せねばな」
「おう。俺たちだってコツコツとレベルを上げてきたんだ、レゼル王国にも期待しているぞ」
「はっはっはぁ! これは随分と下に見られたものだなっ!」
アーノルドはそんな風に偽物の空を見上げて笑う。顔が上を向いているため、彼がいまどのような表情を浮かべているのかはっきりとしない。
お、おう……ちょっと調子に乗りすぎてしまったかもしれん。実は怒ってんのかこれ?
話がしやすいから、相手が貴族――そしてレゼル王国を代表する戦士であるということをすっかり失念してしまっていた。
不敬罪なんてことになったらセラとフェノンに『どうにかしてください』と頭を下げるしかない。なんと頼りない婚約者なのだろう。
やばいなー、どうしようかなーと言葉に詰まっていると、隣のノアがコソコソと「別に怒ってないよ」と教えてくれた。ナイス読心! 今度焼き鳥おごってやろう!
「それだけの弓術があれば、エスアールの自信も頷ける――ノア様といい剣姫といい、リンデール王国は素晴らしい人材が豊富だな!」
「はは……。まぁさっきの言葉は俺たちの国が一番情報が早かったから――って理由だから、あまり気を悪くしないでくれよ」
「悪くなどしていない。名も知らぬパーティならばともかく、ASRはリンデール王国の二番手だと聞いている――機会があればエスアールたちとも戦ってみたいものだな」
ニヤリと笑みを浮かべてアーノルドが俺を見る。
いいねぇ、こちらとしても是非レゼルの代表パーティと戦ってみたいな。
ただ、俺はサポート役っていうことになっているから、思いっきり楽しむってことはできそうにないが、血のにじむ訓練をしてきた人たちの戦闘を間近で見られるのならば、そこそこ楽しめることは間違いないだろう。
「二人とも、そろそろセラがボスに接触するよ。見なくていいの?」
盛り上がる男どもに、これぞまさにジト目――といった感じでノアが呆れの要素を多分に含んだ視線を送ってくる。
「もちろん見ますっ! ノア様側で観戦してもよろしいでしょうか?」
現在アーノルドは俺の左側であぐらをかいており、ノアは俺の右側に体操座りでそれぞれ腰を下ろしている状態だ。
彼は俺のことが視界から消えたかのように、身を乗り出してノアに声を掛ける。
「そこで大人しくしとけ。お前ノアの隣だと集中できないだろ」
だが俺は、ノアが何かを言う前にアーノルドの身体を定位置に無理やり戻す。こんなところでイチャイチャされたら気まずいだろ。それに、
「………………いいから見るぞ」
――なぜか俺は『お前はノアのことを何も知らないんだから』とか『こいつを一番理解しているのは俺だ』とか――そんなことを思ってしまっていた。
本当の兄妹でもないのに。
セラやフェノンたちと同じように婚約者であるわけでもないのに――アーノルドに対してマウントを取るような考えが浮かんできたのだ。本当になんでだろう。
幸い、アーノルドは俺の発言に反論することもなく「一理ある」と言いながら、視線を前方に固定。
右側にチラッと視線を向けてみると、ノアも彼と同じくセラのことを見ていた。さっきより俺との距離が近い気がするけど――まぁいいか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セラとサイクロプスの戦闘は、あっという間に幕を閉じた。まさに圧勝である。
開始直後は少し動きが硬かったものの、すぐに感覚を取り戻したのか、彼女は一切のスキルを使用することなくサイクロプスを撃破した。
現在の彼女の職業は結界術士という後衛職だが、プレイヤーボーナスを多数獲得している俺たちにはあまり関係ない。もちろん、本気で戦うのであれば前衛職を選ぶべきだが。
「……まさか、彼女がシンに剣を教えているのか? シンと似ているだけではない、明らかに彼よりも洗練されている――いや、それはおかしい。それならばエスアールは迅雷の軌跡から指導を受ける必要がない――ASRには魔法のノア様やフェノン第一王女殿下、エスアールより弓術が優れているというシリー、そして剣姫がいる。どういうことだ……?」
ぶつぶつぶつぶつ。
アーノルドは目の焦点を合わせないまま、うわ言のように言葉を垂れ流している。
が、セラが少し気落ちした様子でこちらに歩み寄ってくると、彼は勢いよく顔をブンブンと横に振った。思考をリセットしているらしい。
「少し手間取ってしまった……やはり定期的に一人でやるべきだな」
水を振り払う犬のようなアーノルドの仕草など気にする様子もなく、セラは眉を八の字にしながら報告をしてきた。
「反省会は家でやろうな」
以前ならば『よくやった、完璧だ』と褒めていたところだが、彼女にはまだまだ伸びしろが残されている。つまり、俺も細かいところを指摘しなければならない。
脚運びや、攻撃、回避、防御への移り変わりなど――言い出せばキリがないが、彼女の成長スピードをもってすればあっという間に修得――Aランクダンジョンも一人で踏破できるようになるだろう。
――さて、これで俺たちのミッションは完了だ。
そろそろ迅雷の軌跡とアーノルドが面会できる準備も整っているだろうし、さっさとダンジョンから出ようかね。
そう思いながら俺はのそのそと立ち上がり、『立たせて』とジェスチャーと視線で訴えてくるノアの手をとり引っ張り上げる。本当に神様というよりも妹みたいだわこいつ。
「頼みがある」
セラがウィンドウを操作して帰還しようとしたところで、アーノルドが静かに――しかしはっきりとした声で言った。皆の動きが停止する中、彼はセラに向かって勢いよく頭を下げる。
「俺に剣を教えてはくれないだろうか。剣姫の技は、俺が今まで見てきたどの剣士よりも優れている」
こいつは迅雷の軌跡の件といい、ロ〇コン騒ぎといい、本当に次から次に面倒事を……!
だがまぁ、今回に関しては彼女がどう答えるのかはなんとなく予想できるから、別にいいんだけども。
セラは一瞬だけ俺やノアに視線を向けると、すぐにアーノルドへ視線を戻した。
そして先ほどのアーノルドのよりもはっきりと、そして大きめの声で――
「断る!」
切り捨てるように、そう言い放った。
ですよねー。
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よろしければごらんくださいませ――そろそろ……何かが起きるっ!!( ✧Д✧)カッ!!