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俺たちはアーノルドと同じように頭から地面を目指すような真似はしたくなかったので、大人しく階段を使用して普通に表へと出た。
彼と同じヘマをするつもりなんて全くないけれども、こういう大事な時にミスしがちな赤髪の女性もいるし、あまり騒ぎを大きくしたくないってのもある。
普段と打って変わって人気のないギルド内を通り、騒ぎの起こっている場所まで小走りで駆けつけると、すでにレグルスさんがアーノルドを説き伏せようとしている様子だった。
シンたちを乗せた馬車は止まることなく前へと進んでいるが、観客たちの一部はチラチラとこちらを窺っている。
アーノルドに絡まれていた騎士団の人たちは陽の光を見事に反射しているギルドマスターに向かって『見よこの毛髪を!』とでも言いたげに、頭をペコペコと下げて持ち場へと戻った。
「今はパレードの最中ですから、困りますよ。迅雷の軌跡へはアーノルド様のお気持ちを伝えておきますので」
レグルスさんは困ったように苦笑しながら、子供を宥めるように言った。
アーノルドさんは二十歳前後だと思われるが、レグルスさんから見たらまだまだ子供なんだろうな。まぁ、見た目よりも行動のほうが子供っぽいけれども。
「少しぐらいダメなのか? ほんの三分ぐらいでいいんだが」
「彼らも話を通せばきちんと対応してくれると思いますから」
「ふむ……軽い模擬戦でも構わないぞ」
「……今は難しいですね」
俺たち、別にいらなくね? もう解決しそうじゃん。
レグルスさん一人でもなんとかなりそうだし、アーノルドの発する言葉や表情を見る限り暴れだすような気配はない。聞き分けは良いようだ。
声が聞こえるほどの距離で傍観していた俺たちは、結局アーノルドがレグルスさんに宥められて、そしてギルドへと連れていかれるのを見守っていただけだった。
騒ぎは収まりそうだし、このままパレードを追いかけるのもアリかな――などと考えていると、
「ん?」
ギルドの扉が閉まる直前、アーノルドより後に建物に入ろうとしたレグルスさんが俺たちに向かって『手招き』『謝罪』の順でジェスチャーを送ってきた。
「何かを頼みたいようだな」
セラが顎に手を当てながら、見たままの感想を言う。俺もそうだと思うよ。
はてさて、いったいレグルスさんは俺たちに何をさせようとしているのやら。
数秒の間、俺たちは頭の上に疑問符を浮かべてお互いを見つめあっていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルドの受付嬢から、パレードを見ていた三階の部屋に戻るよう伝えられたので、俺たちはどんな話が舞い込んでくるのか予想しながら大人しく待機。
レグルスさんには崩壊前から随分と世話になっているし、あまりにも面倒な内容でなければ引き受けるつもりだ。この部屋を貸してくれた恩もあるしな。
十五分ほど経過したところで、ようやくレグルスさんが登場。この人は疲労の滲んだ表情をみることのほうが圧倒的に多い気がする。
彼は大きなため息を吐いて、空いていたソファにどっかりと腰を下ろした。俺たちの前では体面を取り繕うつもりはないらしい。
「呼び止めてすまなかったな」
「いえ、シンたちの姿は見ることができましたし、別に外せない用事があったわけじゃないですので――それで、どういった用件ですか?」
俺が問いかけると、レグルスさんは頭を掻きながら申し訳なさそうに口を開く。
「あの方の名はアーノルド=ヴィンゼット――伯爵家の三男だ。国際武闘大会に出場したレゼル王国の代表パーティの一人でもある」
ほう、やはり武闘大会に出ていたのか。
「迅雷の軌跡と再戦したいがために、一人でリンデール王国までやってきたらしい。迅雷の軌跡に会わせるにしても、それまでコイツの面倒を見てやらないといかんのだ」
レグルスさんは余計な仕事を増やされたからかうんざりしている様子で、愚痴っぽく言葉を漏らす。丁寧な言葉で紹介したかと思えば『コイツ』とか言っているし、ボロが出ているな。
よくよく話を聞くと、彼はどうやらエリクサーの手に入るBランクダンジョンに潜りたいと言っているようだ。
街の観光よりもダンジョンに行きたいとは――気が合いそうな気がしなくもない。
「その辺の探索者に任せるのも難しい、かといって貴族にはそこまでレベルの高い人物はそうそういないからな」
話を聞き終えたセラは、そう口にしながら納得したように頷く。
「それで私たちに声が掛かったのね」とフェノン。
この二人は間違いなく貴族社会にいる探索者ではトップクラス――というか上位一位と二位だろう。
リンデール王国に限らず、全世界で『探索者に身分は関係ない』というのは常識になっているようだが、やはり他国との友好のためにも、貴族には貴族で対応したい――というのがレグルスさんの心情だろうか。王族は過剰な気もするけど。
「俺も他国の探索者がどの程度なのか見てみたいですし、いいですよ」
女性陣の意見も確認したが、皆が皆、仕方ないよね――といった様子でしぶしぶ了承の意を示していた。
「そうか、助かる」
ホッと安堵の息を漏らすレグルスさん。
その後、軽い打ち合わせを六人で行い、ひとまずレグルスさんはアーノルドが待機している部屋へと向かっていった。
今回はシリーとフェノンはお留守番だ。
王女様は少しご不満の様子だったが、ダンジョンは五人までしか入れないので仕方がない。
やはり第一王女が同行するというのは少し過剰な気もするし、ノアは読心術があるから保険として同行してほしい。
フェノンとシリーは関係上離れることはできないし、セラは同じ伯爵家の子として立場も近い。
などと、色々と話し合った結果なのだが、フェノンは「わかりました」と言いつつも、頬を膨らませていた。
彼女たちには俺たちがダンジョンに潜っている間、迅雷の軌跡と接触してもらうことにして、別行動をとることに。
俺としてはただのダンジョン探索で終わることを祈るばかりだ。
俺、セラ、ノアの三人はレグルスさんに案内され、少し緊張しながらアーノルドが待機している隣室へと向かった。向かった――のだが、
「なんという洗練された美! 貴方の美しさは、私の拙い言葉では到底言い表せそうにない! あぁ……宝石の輝きよりもずっと美しいその瞳――宝石などと比較することすらおこがましく思える」
入室するやいなや、アーノルドはソファから立ち上がると、俺たちの前で片膝を突き、恭しく一人の女性の手を取った。他の二人は彼の視界に映っていないらしい。
「どうかこの私に名前を教えていただけませんか?」
まるで一生に一度のお願いとでも言うように、アーノルドは真っ直ぐな瞳を俺の仲間へと向けている。
あまりにも予想外な展開に、俺は呆然とすることしかできなかった。
打ち上げられた魚のようにパクパクと口を開いて、声にならない声をあげるセラ。
顔をひきつらせて、俺の反応を確かめるように横目で視線を送ってくるノア。
そんな目をされたって俺だってどうすればいいかわかんねぇよ。
四十年近く生きてきたけど、こんな場面に遭遇したことなんてない。すなわち、対処法を知らない。
そんな何もできない俺でも、わかることなら一つある。
「……名前は、ノアだけど」
――こいつは、ロリ〇ンだっ!