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式典があった日の翌日。
まだ午前の9時だというのに、すでに城下の街は喧騒に包まれていた。
昨日も宿をとるのに数軒回る羽目になったし、迅雷の軌跡のパレードを見るために他の街からもたくさんの人が押し寄せているとみていいだろう。
「パレードが始まるのは正午からだというのに……すでに人が多いな」
俺の左隣を歩くセラが、道行く人を眺めながら言う。
歩く隙間がないというほどではないが、それでも普段と比べるとかなりの人口密度だ。とても横一列に並んで歩ける状況ではないので、俺とセラ、そしてフェノンが前を歩き、ノアとシリーがその後ろを歩く形になっている。
「変装しているとはいえ、わかる奴にはわかるだろうから気を付けておけよ」
一時的に治安が悪くなっている可能性もあるので、念のために注意喚起。
顔が知れ渡っている四人はもちろん、今日は俺も用心して髪色を魔道具によって変化させている。色は銀。かっこいい。
「わかっています! それにおそらく、私の護衛がどこかで見ているでしょうから大丈夫ですよ」
俺の言葉にフェノンがハキハキと回答する。続いてセラも俺に対して「もちろんだ」と答えた。
「僕もいるから安心していいよ」
「あぁ……犯罪者にとってノアは天敵だろうなぁ」
「ノアさんの前で悪い考えはできませんからね」
シリーが口にした通り、ノアの前で変なことをしようとしてもバレバレだ。何しろ考えていることが読まれてしまうのだから。
実行するよりも先に潰されてしまいそうだし、たとえ俺がいなかったとしても、この面々を相手にしたら間違いなく逃げられないだろう。
ステータスボーナスなどの知識を持っている彼女たちは当然、この世界の住人の中ではトップクラスの実力がある。迅雷の軌跡がいなければ、彼女たちが国際武闘大会で優勝していたことは間違いないだろう。
それに周辺警戒に関して言えば、俺は現在職業を覇王にしているため、剣士のスキルである『気配察知』の効果が働いている。
ゲーム時代では魔物や人の気配を察知するという大雑把なものだったが、多少であれば悪意を持つ者の判別もできるようになっていた。
もしかするとスキルと関係なく、大切な人たちを守るために目覚めた第六感的なものかもしれないけれど……まぁ、それはどうでもいいか。
「普段見ない店もたくさん出ているからな、色々見て回ろうか」
ASRの四人にそれぞれ目配せしながら言うと、全員が全員――目を輝かせながらコクコクと頷いた。まだ見て回る前だというのに、楽しそうで何よりだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
射的、輪投げ、くじ引き。
日本の夏祭りで見るような屋台もちらほらと見受けられ、メンバーの中では精神年齢が二番目に高いはずの俺も、女性陣と同等――もしくはそれ以上にこの騒がしくなった王都の街を楽しんでいた。夜には花火も上がるらしいから、それも是非見ておきたい。
中でも一番祭りを楽しんでいるのは、見た目は最年少、中身は最年長のノアだろう。
その姿はまるで神様業務で溜まったストレスを発散しているかのようで、どこからどう見ても元管理者様とは思えない。ついさきほどは射的で店員のオッサンに玉をぶつけていたし。
「お前はオッサンを持ち帰りたかったのか? あの人は景品じゃないぞ」
「違うよっ! あれは手元が狂っただけだもん!」
「わ、私も違うからな! 店主を持ち帰りたいなどと思ってはいない! だから浮気ではないぞっ! か、勘違いしないでくれよっ!」
ノアに続いて、慌てたようにセラが言う。
彼女も彼女で、先程輪投げに使う輪っかを店主の頭に綺麗に乗せていたからな……そっちのほうが難しいと思うんだが。
セラに対して「わかってるよ」と笑いながら返したが、当の本人は「本当か!? 本当にわかっているのか!?」と必死の形相で訴えてくる。フェノンとシリーにHELPの視線を送るが、苦笑いが返ってくるだけだった。
と、そんな平和なやりとりをしていると――、
「間違っていたらすまない。君たちはもしかして、探索者パーティのASRじゃないか?」
正面から小走りでやってきた人物は、膝に手を置き、肩で息をしながら俺たちに向かって声を掛けてくる。表情や雰囲気から察するに、どうやら急ぎの用事らしい。
突如として現れた意外な人物に多少面食らってしまったが、俺は頷きつつ返答をする。
「変装していたのに――よくわかりましたね。ですが、レーナスのギルドマスターがなぜ王都に?」
「歩き方とかを見ればね、わかるものだよ。僕はパレードを見るついでに警備の仕事を請け負ったんだ。こっちは人手が足りないみたいだし、レーナスでの仕事は落ち着いているからね。ところで、えぇっと――君がノアちゃんのお兄さん……確かエスアール君だったかな? 初めまして」
中腰のまま、レーナスのギルドマスター――ライレスさんが俺に向かって手を差し出してくる。俺はそれを握り返しながら「初めまして」と彼と同様の挨拶をした。
「俺は彼女たちがギルドに行っている間、アイテムの補充とかの雑用をやっていましたからね。挨拶をするのが遅れてすみません」
雑用係とはいえ俺は一応はASRのメンバーなので、彼女たちと共にギルドに報告に行っても違和感はないはずだ。だが、俺だけライレスさんの前に姿を現さなかったのにはきちんと理由がある。
「「「………………」」」
自分のことを『雑用係』と言ったり、自分は無能ですアピールをすると、ノア以外の三人が非常に不満そうな顔になるのだ。気持ちは嬉しいんだが、その想いは表情に出ないようにしてほしい。
「そんなことは気にしなくていいよ。君ともゆっくり話をしたいところなんだけど、それはまた別の機会にしよう」
幸い、ライレスさんは彼女たちの表情の変化に気付いた様子はない。気付かれたところで俺のASRにおける本当の立ち位置がバレるとは思わないが、用心するにこしたことはないだろう。
ライレスさんはそれから何度か深呼吸をして、姿勢を正した。そして申し訳なさそうな表情で、ゆっくりと口を開く。
「君たちASRに仕事を依頼したいんだ」