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「伊織君、大丈夫ですか?」
事を済ませて久遠の元へ向かうと、彼女は心配した様子でこちらに駆け寄ってきた。
「こっちは問題なく片付いたよ。それで連中はどうしてる?」
「2人は抵抗もせず大人しくしています。ただカイと名乗っていたあの人は……」
そう言って久遠は俺を彼らの元へと案内する。
確かに彼女が言った通り久居と岡島は大人しくしていた。
というより彼らの目の前にある物のせいで抵抗する気力を削がれている、と言った方が正しいだろう。
「一応確認しておくが、久遠が何かしたとかじゃないんだよな?」
「……はい、彼らを連れて森の奥へ向かっている途中に。色々と確認したいことがあったんですが……」
そう言って久遠は一転して気分の悪そうな表情を浮かべる。
俺たちの視線の先にあるもの、それは久居と岡島を引き合わせ、妖刀を掠め取ろうと画策していた裏社会の人間で【カイ】と名乗っていた者……だったモノだ。
だったと表した理由。それは彼の体が酷く焼け焦げているからだ。
(『鑑定』)
―――
対象:カイ 人間 21歳
状態:全身に重度の熱傷 脱水症状 皮膚の乾燥 極度の霊力不足
補足:体内に仕込まれていた口封じ用の自動発動型呪札によって火傷を負わされている。
またスライム拘束下で『影操作』の術式を行使したために霊力の殆どを消耗している。
―――
なるほど、あのどう見ても詰みとしか言えない状況でなお抵抗しようとしたのはこれが原因か。
……だが、この程度の傷ならどうにかなりそうだな。
(『治癒魔法』)
俺がカイを対象にスキル『治癒魔法』を発動すると、彼の体の火傷の跡は消えていき、その呼吸も穏やかなものになる。
(これでとりあえずは大丈夫だとは思うけど、念には念を入れてと)
『鑑定』で健康状態を確認すると、『ディスペル』で他の仕掛けを全てを無効化し、さらに『認識阻害』で当分抵抗できないようにしておく。
「そういや聞いてなかったけど、こいつらはどうしたらいいんだ?」
「拘束したままあの山の中の空き地に転移させてください。結界が解除されたら本家の方にそこへ向かうように連絡しますので」
「りょーかい」
今後の方針を確認すると、俺は改めて久居に向き直る。
久居の顔はというと相変わらず恐怖で歪んでいた。
……そういえばこいつらには俺の顔や声と名前は『認識阻害』でノイズがかかったようになってるんだっけ。
なら彼らからすると自分たちの前に正体不明の化け物が立っているように見えるわけか。
(と、こんなことを考えてる場合じゃないな)
俺は雑念を取り払うと、久居に手をかざしスキルを発動させた。
(『ディスペル』)
次の瞬間、周囲から虫の囀ずる音が聞こえるようになる。
次いでデジタル腕時計を確認すると、さっきまでは固まったままだった数字が動き出していた。
『鑑定』でも確認してみるが、結界は確かに解除されたようだ。
「多分これで電話も通じるようになったと思う」
「分かりました。伊織君は彼らの再拘束と移送をお願いします」
久遠は電話をかけると「本家の方」とやらと話し始める。
数分経って話がついたのか、彼女は俺の顔を見て頷く。
よし、始めるとするか。
(『空間転移魔法』)
スライムによる拘束を死なない程度に強めると、俺は久居たち3人を対象にスキル『空間転移魔法』を発動させた。
「な、なんだよこれ!?」
「お、おい! これ本当に大丈夫なやつ――」
相変わらず恐怖で顔を歪ませていた彼らは、そんなことを叫びながら光に包まれて消失する。
それを見届けてから『追跡・探知魔法』で久居たちの現在位置を確認するが、どうやら無事に指定された場所へ転移されたようだ。
「はぁ……、これで一段落つきましたね」
そう言って久遠は心の底から疲れ果てた様子でため息をつくと、その場に座り込んだ。
そんな彼女にあんなことを言うのは心苦しいのだが、問題を根本的に解決するにはどうしても久遠の力が必要になる。
俺は一度深呼吸をすると、意を決して彼女に話しかけた。
「お疲れのところ悪いんだが、ちょっと付き合ってくれないか」
「は、はあ……?」
◇◇◇
元のコースへと戻った俺たちはそのまま予定通り、次のチェックポイントへと向かう。
結界内部で体感だが数時間を過ごした俺たちだが、外の時間では1分も経っていない。
これなら少し寄り道をしても先生やガイドの人も特に何も思わないだろう。
「それで何処へ向かっているんですか?」
そんなことを考えていると、久遠が不安げに尋ねてくる。
「廉太郎たちが木陰で着物を着た髑髏を見たって言ってただろ。それに会いに行くんだよ」
「朝間君は木陰としか言ってませんでしたが、場所が分かるんですか?」
「ああ、ちゃんと分かってるよ」
そう答えると、俺は妖刀の記憶の世界で見た光景を思い出しながら道を進んでいく。
「……やっぱりいたか」
たどり着いた場所――すっかり花が散って緑色の葉に覆われた桜の木の下には廉太郎が言っていた通り、綺麗な着物を纏った骸骨が物憂げに佇んでいた。
(『鑑定』)
――――
対象:骸の姫 地縛霊
状態:形態変化 束縛 異形化 霊体解除
補足:かつてこの地に存在し、滅亡した国の姫。
最愛の相手だった侍と再会するためにこの地に縛られている。
年に一度の命日の日にのみ骸骨の姿で実体化する。
――――
骸骨を見て久遠は反射的にお札を取り出そうとするが、俺は手を広げて彼女の行動を抑える。
「まあ見ててくれよ。すぐに片付くだろうからさ」
「……わかりました」
そう言って俺はスキル『アイテムボックス』を発動し白い箱を出現させると、その中から錆びついた刀を取り出した。
「――それは」
流石と言うべきか、久遠は一目見てそれがどのような状態であるかを理解したらしい。
この刀は紛れもなくあの侍の怨霊が取り憑いていた妖刀だ。
しかし俺が『ディスペル』を発動した結果、その魂は刀から剥がれかかっており、妖刀としての概念を失いかけている。
そうなれば侍の魂は行き場のない幽霊になって何処かへ行ってしまいかねない。
そこで『アイテムボックス』の出番だ。
これは検証――もとい何度か買い物帰りに普段使いことで分かったことなのだが、『アイテムボックス』内の物は再び取り出されるその瞬間まで、収納された時点の状態が永遠に維持されるらしい。
例えば氷はずっと凍ったままの状態で、刺身などの生物は腐ることなく収納され続ける。
そしてこれはどうやら固形の物体だけでなく、魔法といったものでも永遠にそのままの状態で保存できるようだ。
この『アイテムボックス』の隠された効果を応用し、侍の魂をギリギリのところで妖刀に留める。そうしてあの骸骨の元へ運ぶ、これが俺の考えた成仏計画の第一段だ。
さて、着物の骸骨は俺が近づくと気だるげに顔を上げると、こちらを見つめた。
そして何かに気づくと、骸骨はおぼつかない足取りで俺が抱え持つ刀に近づこうと試みる。
それと同時に人の形をした白い煙のようなものが俺の持つ刀を覆い、骸骨に向かって飛んでいく。
やがて骸骨は肉がついて可憐な少女の姿に、白い煙は整った顔立ちの侍の姿に変じると、互いに互いを求めるかのように両手を差し出す。
『勘兵衛……! 勘兵衛……!』
『姫……! 大変、大変長らくお待たせしました……!』
斯くして数百年の時を経てようやく再会を果たした2人の魂は溶け合い、天へと昇っていく。
その刹那。
『――ありがとう、若者。これが約束の品だ。是非受け取って欲しい』
そんな声と共に空からゆっくりと夕日に照らされて輝く何かが落ちてくる。
そうして受け取ったそれは、素人の俺からしてもその美しさに思わず感嘆してしまうような刀だった。