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――side??
彼は非常に飢えていた。
餌となる木の実にありつけず、蜂や地中を這う虫などで腹を満たそうとしたが、それにも限度というものがある。
そんなある時、彼の縄張りのすぐ近くにニンゲンの集団が通りがかった。
老いた同族は奴らのことを過剰なまでに危険視していたが、彼からすれば自分たちよりも遥かにひ弱で襲いやすい獲物だ。
――ならば。
彼は舌なめずりをすると、その黒い毛皮に覆われた巨体を茂みの中へと隠す。
――自身の一挙一動が既に監視されている、そのことに全く気づく様子もなく。
◇◇◇
――side伊織修
「ツキノワグマか……」
水魔法で生成した動物の目を通して敵の正体を確認すると、俺はどうすればいいのか思案する。
相手は妖魔でも何でもないただの動物だ。
本気を出して倒さないといけない程の脅威というわけではない。
しかしここで見過ごしてしまえば、あれは間違いなく人に危害を加えるだろう。
『鑑定』で分かったことだが、あのクマは人間を恐れるどころか獲物として狙っているようだ。
もし登山中や肝だめしの準備をしている生徒と遭遇したら躊躇うことなく襲いにかかるのは容易に想像できる。
だったら。
『……グア?』
「……」
俺は無防備を装ってクマの前に姿を現す。
クマはというと、餌が自分からやってきたと長い舌を口から出しながらゆっくりと俺の元へ近づいてくる。
そして。
(『水魔法』)
『ガウアアア!?』
さらに一歩、俺との距離を詰めたその瞬間、奴の足下で『パァン』と何かが炸裂するような音が周囲に響き渡り、クマは大きく動揺してその場から離れようとする。
もちろんこのまま逃がすつもりはない。
『ガウア!?』
クマが後ずさりをすると、その場からまた同じような破裂音が鳴り響く。
クマは音を恐れて次は右に逃げようとするが、また同じ音が聞こえてそれに怯え、今度は左に逃げようとするが、同じ様な破裂音が聞こえたことで完全に怯えきってしまう。
今あのクマの周りには少し触れれば大きな音を上げて破裂し、周囲に唐辛子スプレーとほぼ同じ効果の液体を散布する透明な水球を浮かせている。
以前ネットの記事で読んだのだが、とある県では捕獲したクマを爆竹や花火、唐辛子スプレーなどで脅かすことで人里に出ないようにしているという。
この水球――浮遊炸裂球ははそれを応用して生み出したものだ。
(頃合いだな)
俺は近くにあった木の枝を手に取ると、それを氷結魔法で硬く補強した上で勢いよく地面に叩きつけた。
「人間がどれだけ恐ろしいか分かったか!? 分かったのならさっさと帰れ! ここはお前の来るところじゃない!」
ありったけの声でそう叫びながら、俺は裏であのクマがやってきた方向に仕掛けておいた『水魔法』による浮遊炸裂球を消しておく。
クマは一瞬俺の顔を見ると、酷く怯えた様子で全速力でその場から駆け出す。
「『鑑定』」
―――
対象:名無し ツキノワグマ 6歳
状態:精神的に衰弱
補足:人間に対して強い恐怖心を覚えている。
―――
追跡用に放っておいた『水魔法』で生成した鳥を通じて『鑑定』を行うと、ホッと胸をなで下ろした。
いくらレベルとステータスが上がっていて負ける道理がないとはいえ、殺意ある野生動物と対峙するのは怖い。
しかしこれで問題は回避されたはずだ。
あの様子なら少なくとも林間学校の間は俺たちの前に姿を現すことはないだろう。
とはいえ放置しておくわけにもいかないから、何か適当な理由でも付けてインストラクターとして随伴している登山ガイドの人に「クマらしきものを目撃した」と報告しておく。
後はアリシアにも連絡しておくことにしよう。
うん、多分これで大丈夫なはずだ。
そう考えて班のメンバーと合流するために『空間転移魔法』を発動しようとしたその時。
「……うん?」
ふと登山靴が何か硬いものに触れるような感触がする。
視線を下に向けると、そこには真っ二つに割れ、中央部に大きな穴が空けられた石碑のようなものがあった。
石碑には何か文字が刻まれているが、相当長い間放置されていたからか何と書かれているかは分からない。
「『鑑定』」
―――
対象:慰霊碑
状態:経年劣化、鈍器などによる損傷のため最悪の状態になっている
補足:450年前にこの地で死亡した侍と姫君の鎮魂のために農民によって建てられた。
―――
……もしかしてこれは久遠が言っていた妖刀伝説に関連したものか?
(一応スマホで撮影しておくか)
そう考えた俺は早速ポケットからスマホを取り出してその石碑を撮影して久遠に送ると、なるべく元の形になるよう修復する。
そして最後に石碑の前で手を合わせると、改めて『空間転移魔法』を発動して班の皆の元へと戻るのだった。
◇◇◇
『……』