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――side久遠京里
『適当に認識を紛らわせて牛鬼から引き離すよ。久遠は昨日鬼と戦っていた場所で待機していてくれ。そこへ“飛ばす”から。あ、それと今後の連絡はチャットで』
「は、はい!」
そう言われた私は伊織くんの指示通りに鬼の集団と交戦した山奥の空き地へと向かっていた。
飛ばす、というのがどういう意味かは分からないけど、彼は恐らくあの空き地を決戦の場にしようとしているのだろう。
だったら私に出来るのは伊織くんを信じて自分に出来ることをするだけだ。
「……ふぅ」
私は全身全霊を込めてこの場所に妖魔の力を削ぐ結界を展開しようとする。
自分の力だけで倒すことができれば良かったのだけど、私には彼のように全てを圧倒するだけの力はない。
だから私は彼の戦いを全力でサポートして、勝った後にその恩に報いることだけを考える。
その時、ふと空間が揺らぐような、そんな感覚を覚えた。
それと同時に月の光に照らされて空き地に無数の影が現れる。
その影の形は多少の差はあれど、どれも人……いや小鬼の形をしていた。
『ギャギャッ!?』
『ギギ!?』
「え、ええええええ!?」
まさか、と思い天を見上げると私はそこに広がっていた光景に声を上げてしまう。
見上げた空には大量の小鬼が突然空中に放り投げられたことに困惑し悲鳴を上げている。
そしてそのさらに上空には巨大な蜘蛛の怪物――牛鬼の姿があった。
◇◇◇
――side伊織修
この『空間転移魔法』は一体どこまで自由に転移することができるのだろう。
そんなことを考えるようになったのはレベルが100の大台を越えて、自分の体ごと転移させてもMPを多く残すことができるようになった1月の終わり位の頃だ。
スキル『万能翻訳』のおかげで高校受験についてある程度余裕があった俺は、好奇心を抑えることが出来ず、そのことを考え始めたその日の内から検証作業を開始した。
もちろんいきなりMPを限界ギリギリまで使って可能な限り遠くへ転移する、なんてことはしない。
MPの安全マージンを確保しつつ自分の身体能力なら余裕で帰ってこられる場所、それを慎重に確かめながら検証を行った。
そうして調べた結果が、「『空間転移魔法』に距離的制限は存在せず、MPがある限り何処までも転移できる」というこれまた何とも言えないものだ。
しかしそれは同時にまた新たな疑問を俺に抱かせることになった。
最初に『空間転移魔法』を使用した際に空のペットボトルを近くのゴミ箱へと転移させたが、あの時、俺とゴミ箱には少なからず高低差があったはずだ。
ということはMPを注ぎ込めば注ぎ込むほど高々度に転移させることも可能なのではないだろうか?
こうして俺の『空間転移魔法』に関する関心は「横」から「縦」へと移っていった。
最初は使わなくなった消しゴムを『追跡・探知魔法』と『鑑定』で併用しながら落下を確認しながら消費MPを調べ上げ、次はより重いものを使って消費MPと高度にどう変化があるかを計測を繰り返す。
そうして検証に検証を重ね、高校の合格が決まった頃には、俺は『空間転移魔法』についてほぼ完全に熟知することができた。
それによって得られた情報から思いついたのがこの作戦だ。
『貴様貴様貴様ァ! 一体何をしたァ!?』
牛鬼は鬼気迫る形相で唾を飛ばしながら、自らの腹の上で余裕面をかます俺に叫ぶ。
「何って、高度200メートルからのスカイダイビングだよ」
『……すかい、だいびんぐ?』
「そ、スカイダイビング。それじゃ後は人生最後の絶景を心行くまで楽しんでくれ」
『ま、待て……』
俺は牛鬼の腹から飛び上がると、風魔法を使って速度を調整しながら降下を開始した。
地表に近づくにつれて、木っ端微塵になった小鬼の残骸が見えてくる。
どうやら大半の小鬼は地面に激突した衝撃で即死し、運良く(?)生き残った小鬼も久遠が退治してくれたらしい。
「伊織くん!」
そんな風に観察していると、昨夜と同じ巫女服を着た久遠が駆け寄ってくる。
「久遠、小鬼は?」
「全て撃破した、はずです。残るは……」
久遠が見上げた先には今まさに地面に激突しようとしている牛鬼の姿が。
「悪いな、久遠。ちょっと触らせてもらうぞ」
「え……?」
久遠の肩を掴み急いで引き寄せると、『アイテムボックス』を出現させてそれを盾代わりにする。
その数秒後、激しい落下音と砂煙、そして衝撃が俺たちを襲う。
そしてそれらが引いたのはさらに数分が経っての事だった。
「……死んだ、のでしょうか?」
「いいや、まだだ」
衝突によって生じたクレーターから巨大な蜘蛛の足が現れる。
這い上がってきた牛鬼は半身が潰れ、もういつ死んでもおかしくない状態だった。
『グアアアアアアアァアアッ!!!』
牛鬼は血走った目で叫ぶと、俺たち目掛けて突撃してくる。
もう他のことはどうだっていい。せめてここまでコケにしてくれた仇を刺し違えてでも殺す、そういった覚悟なのだろう。
だったらそれに全力で応えてやろう。
俺は『氷結魔法』で宙に巨大な氷の槍を形成すると、牛鬼の姿をまっすぐ見る。
「伊織くん!」
久遠が何か話しかけてきたが、悪いが今は無視させてもらう。
確実に、一撃で仕留める絶好のタイミング。それを逃すわけにはいかないんでな。
「まだ、まだ……」
半身が潰れているせいで牛鬼の動きは非常に不安定なものとなっている。
しかし奴の目的からして、どのタイミングで射程に入るか読むことは可能だ。
「――ここッ、だあ!」
万を持して発射された巨大な氷の槍は、速度を上げて牛鬼の顔を貫いた。
『……んな、ことガ……って……ない』
牛鬼はその目を大きく見開き何事かを呟く。
ほぼ同時にその巨大で異形な体は真っ二つに引き裂かれた。
……ようやく終わった、か。
ちょうどそのタイミングで久遠が駆け寄ってきた。
「おお、久遠。あいつならようやく――」
「そんなことよりその顔!」
俺の顔に何かついているのか?
そう考えて自分の顔に手をあてる。
「……なんだこれ」
手のひらにベジャリと赤い血がこびりつく。
そしてその血は俺の鼻から垂れているようだった。
それを知覚した瞬間、強烈な眠気と吐き気が襲ってくる。
(す、『ステータス』)
―――
伊織修 Lv110 人間
HP27050/31350
MP0/850
SP740
STR120
VIT125
DEX120
AGI130
INT120
スキル 鑑定 万能翻訳 空間転移魔法 認識阻害魔法 アイテムボックス 氷結魔法 治癒魔法 風魔法 水魔法 追跡・探知魔法
―――
今にして思えば俺がこの短期間の間に発動したスキルはどれもこれも規格外レベルなものだった。
そんなものを連続して発動させていればMPも空っぽになるわな。
それだけテンションが上がっていたのか、あるいは……。
「わるい、すこし寝ればもとに戻るから……」
「伊織くん!?」
その言葉を最後に、俺は久しぶりに意識を失うのだった。
◇◇◇
『ユニークモンスターの撃破、並びにエクストラボーナスの取得を確認。称号【名を冠する者を撃破せし者】を獲得。合わせてエクストラスキルの習得を開始します』