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――side久遠京里
「……ほんと、あの人は私の想像をいつも軽々と超えてきますね」
ロケットのようなものが付いた不思議な武器? で一気に茨さんの元へ飛んでいく伊織君の姿に私はもう何度目かも分からない感嘆の息を漏らす。
だけどいつまでもそうしてはいられない。
「行きなさい、『焔豹』!」
私の札から飛び出すように現れた大柄な豹の姿をした炎は小鬼の一団をまとめて焼き尽くす。
それを見た他の小鬼は四方に分散して私の急所を突こうとする。
「っ……!」
私は防御用の術式が封じられた札を取り出して攻撃を防ごうとするけれど、その前に伊織君が残しておいたクワガタムシに似た形状をした機械が小鬼の攻撃を弾き、反対にその口からウォータージェットを発射して小鬼の体を真っ二つに切り裂いた。
「『焔隼』!」
その隙に私は新たに攻撃用の札で小鬼の一群を蹴散らすと、機械に背を預け、息を整える。
「! 始まった……!」
炸裂音が聞こえたので頭上を見上げると、そこでは閃光や爆発が何度も発生していた。
「……すごい」
茨さんはどういう原理かは分からないが、空中に浮かびながら巨大化した茨木童子の腕から発せられる爆炎で攻撃するが、伊織君はあのロケットのようなものがついた武器で縦横無尽に宙を駆けながら攻撃の隙をついて氷の槍を叩きつけている。
林間学校から抱いていた願い、伊織君と対等の立場となって隣に立ちたい。
でもあれを見る限り、その願いが叶うのはまだまだ先のことになりそうだ。
(……だけど!)
だからといって私に出来ないことが何もないわけじゃない。
少しでも長くこの場に踏み止まって、伊織君にこの小鬼の大群を近づけないようにする。
私は気合を入れなおすと、新しい札を取り出しながら敵を見据えた。
◇◇◇
――side伊織修
「あらあら、それはもう限界では?」
「チッ……!」
何度目かの炎の爪を躱したタイミングで茨は即席ロケットトンファーを指差しながら煽ってくる。
事実、ロケットはあちこちから黒い煙が噴き出しており、飛行速度も徐々にではあるが落ちていっていた。
「ならアンタにくれてやるよ!」
そう言って俺はロケットの出力を最大限まで上げると、トンファーごとそれを茨に向かって投げる。
ロケットは不規則な軌道を描きながら、音速の速さで茨の巨大な右手に衝突し、盛大に破裂した。
が、茨はロケットの直撃、そして破裂とダメージを二重のダメージを受けたにも関わらず、全く意に介することなく不敵な笑みを浮かべる。
「まさか、この程度の攻撃で私を仕留められると思っていたのですか?」
「いいや、本命はこれからさ」
「! これは……!」
ロケットの内部、重厚に守られていたカプセルは彼女の鬼の右腕と同様に衝突と破裂というダメージを与えられてもその形状と機構を維持していた。
そしてカプセルは「カチッ」と音を上げると真っ二つに割れ、中から辺り一帯を包み込む程の煙幕を発生させる。
「目眩まし、ですか。異能者ともあろうお方が随分と姑息な真似をなさるんですね」
「悪いが俺は『異能者』とかいう訳のわからない肩書きに誇りを持てるほど物分かりのいい人間じゃないんでね!」
煙の向こう側にいる茨を煽りながら『氷結魔法』で足場を形成してそこに着地すると、俺は改めてこの戦場を見回してみた。
(京里は今のところ上手い具合に小鬼共を引き付けてくれている。だけどあれもそう長くは持たない)
やはり出し惜しみすることなく短期決戦を目指すしかないな。
そう考えた俺は『アイテムボックス』を発動すると、その中に収納しておいた大量の『素材』を全て取り出し、『設計』と『鍛冶技巧』で野球ボールサイズの物体と即席の誘導装置を作成すると、それを煙幕で覆われている場所より高所に向けて投げつけた。
「お連れの方もお疲れのことでしょう。そろそろ仕舞いにいたしませんか?」
それと前後する形で茨は右腕を力強く振るい煙を払い除けると、妖艶な笑みを浮かべてゆっくりと俺の元へ降りてくる。
「ああ、俺もちょうどそう思ってたところだ。さっさと終わりにしようぜ」
そう啖呵を切ると、俺は京里たちのいる大樹の底と俺たちのいる空中とを分断するようにさらに巨大で分厚い氷の床を形成した。
「……地上戦がお望みですか。いいでしょう。受けてあげますよ」
「いいや、これからあんたにしてもらうのは超高難易度の弾幕ゲーだよ」
俺の言葉に茨は首を傾げるが、上から落ちてくる物の気配に気づいたのか、その表情を歪ませる。
「っ、やってくれましたね……!」
「そりゃどうも。じゃあ楽しんでもらおうか。俺特製『空中投下爆弾回避ゲーム』を」
パイルバンカーを作成するに当たって試作した素材を用いて生成し、誘導装置によって茨に向かって落下するように設定した大量の閃光弾と発煙弾。
当たっても死ぬことはないが、俺が爆弾と言った以上あいつはそれを想定して動かざるを得ない。
「……本気ですか? もし直撃すればあなたも、下で戦っている京里様もただでは済まないでしょう?」
「脅しても無駄だ。あれの威力も、俺とこの氷の床がどこまで持つのかもとっくに試してある。それを踏まえてこれを実行したんだ。ということはどういうことか、あんたなら分かるだろ?」
勿論これは嘘八百。あの空中爆弾投下を思いついたのはついさっきだし、本当に空爆に耐えられるかどうかなんて分からない。
だけどあれは俺や茨のような異常な連中を殺すことができるようなものじゃないことだけは知っている。
分かっているのはあれらが全て起爆したところで下の京里には何のダメージもない、ということだけ。
だから俺は慌てず動じることなく、この氷の床の上で茨を真っ直ぐ見据えることが出来るってわけだ。
「そういうことです、か!」
茨は俺の顔を一瞥すると、茨木童子の腕を使って一気に跳躍し、落下してくる閃光弾や発煙弾を先んじて爆破することでダメージを最小限のものにしようと熱線のようなものを右腕から放つ。
加えて俺に不意打ちされることを回避するためか、空中で新たに小鬼を生成すると、それを氷の床目掛けて落下させてくる。
だがこの程度なら問題ない。
「……ようやくお前の出番だな」
『アイテムボックス』に収納されていた最後の物体。
中心部にある金属の杭を炸薬の勢いで打ち込むというそれだけのために作成したロマン武器、『パイルバンカー』を左腕に装着し、右腕に妖刀を携えると、『身体強化』で脚力を強化してから茨の元へ跳躍した。
(『点火』!)
同時に誘導装置を経由して指令を出し、閃光弾と煙幕弾を一斉に起爆させる。
「しまっ……」
俺の行動を見て意図を察したのだろうか、茨は反転してこちらに向かってくるが。
「気づくのが少し遅かったな」
意趣返しとばかりにそう吐き捨てると、俺は茨の体とその巨大な右腕を盾に激しい閃光を防ぎ、続いてパイルバンカーをその手のひらに叩き込む。
「くっうう!」
「これで、おしまいだぁッ!」
その衝撃で茨が怯んだその隙を狙い、俺は妖刀を茨木童子の腕に突き立てる。
次の瞬間、鬼の腕は閃光弾の光をかき消してしまう程の赤い光を放ち、茨の体から分離していく。
「っと」
茨から急速に力が消え始め、意識を失った状態で落下し始めたことを確認した俺は『氷結魔法』で氷の床の一部をエレベーターに作り替え、さらに氷のワイヤーを生成すると、それで彼女の体を括りつけてゆっくり慎重に降りていく。
下を見ると京里を取り囲んでいた小鬼の大群は悶え苦しみながら塵となって崩壊していた。
「おわったんだよな……?」
俺がそう呟いた直後、大樹も小鬼と同様に塵となって消え始める。
『鑑定』を使っても結果が出るのはこの階層の情報だけだから恐らく術式も機能を停止したのだろう。
さてと。
「それじゃたっぷりと喋ってもらうぜ、茨さんよ」
俺は聞こえていないとは分かりつつも意識を失いぐったりとしている茨にそう言うと、降下を続けるのだった。