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「【選定の儀式】……。それって具体的にはどんなことをするんだ?」
「正確には儀式というより最終試験なんだけどね。一族の前で実際に術を披露したり、本物の妖魔を退治したりして自分が一人前の退魔士だということを証明するのよ」
個人的な印象だが、素人の俺にも退魔士の名門の跡継ぎを決めるための最終試験としては妥当なものだと思える。
まあ少年漫画でそういう話をたくさん読んできたからそんな風に感じているかもしれないが。
「で、それがどうして厄介ごとに巻き込まれるって話になるんだ?」
「簡潔に答えると久遠家では今お家騒動が起こってるのよ」
「お家騒動ってことは当事者以外にも対立してる人間がいるってことか?」
「ええ。本家の人間を後継者にすべきという勢力と実力と実績が確かな傍流の子を後継者にすべきという勢力が火花を散らしているわ」
おお……。なんかまた一気に生々しい話になったな。
だがアリシアのあの言葉の意味が何となくだが分かってきた。
「今の久遠家はお家騒動でギスギスしている。そんな状況で旅行気分で行こうものならえらい目に遭う、そういうことか?」
「それもある。けれど一番の理由は違う」
一番の理由は違う? それってどういう――。
「さっきも言ったけど久遠家は本家派と傍流派で真っ二つに割れている。そしてその傍流派に担ぎ上げられているのが久遠京里」
「ということは……、久遠が久遠本家の次の当主になるかもしれないってことか?」
まさかそのお家騒動の当事者だったとは。
にしてもあの久遠が当主というのは……、何というかちょっと想像がつかないな。
「そう思って構わないわ。そしてそれを面白く思っていないのが本家筋の久遠玄治とそれを支持している者たち。彼らからしたらぽっと出の傍流の小娘が突然力をつけて後継者争いに殴り込んできたようなものだからね」
お家騒動とか後継者争いなどとは全く無縁な家に生まれた俺には、彼らの当主という地位に懸ける思いを計り知ることなんて出来ないから、それについてどうこう言うつもりはない。
ただ気になるのは。
「ん? それと俺にどんな関係があるんだ?」
「あなたはこの2つの派閥から久遠京里の懐刀だと認識されているのよ」
「…………んんん?」
……俺が? 久遠の懐刀?
いや、ちょっ、え? 何がどうなったらそんな風に思われるんだ?
「あなた、久遠さんと何度も妖魔が起こした事件を解決しているでしょう? それが歪曲して伝わって退魔士たちは『久遠京里は強力無比な“異能力者”を手駒にしている』と思い込んでいるのよ」
これはまた色々と面倒なことになっているな。
まぁ確かに久遠と一緒に妖魔絡みの事件を解決はしてきたが、それが何で久遠の懐刀扱いされることになるんだ……?
とりあえず今は気になったことをぶつけてみよう。
「その異能力者って多分俺のことだよな? 連中は俺の名前を把握していないのか?」
「知っているわ。ただ退魔士、というか異能の世界ではあなたのような“異能力者”は特別な存在なのよ」
俺のような異能力者が特別な存在?
実際能力の内容やこいつを手に入れる至った経緯などを考えればそう思われても仕方がないかもしれないが……、アリシアの声色から察するに多分俺が考えていることとは違うのだろうな。
「まず確認だけどあなた、久遠さんが術を使っているところを見たことはある?」
「まあ一応何度かは」
「彼女その時お札のようなものを握っていなかった?」
お札……お札……、ああ、そういえばそんなものを握っていたな!
「あったけどそれが何か?」
「退魔士、というか外国の魔法使いや悪魔祓いにも言えることなんだけど彼らは触媒を用いなければ能力を発動できないの。そしてその能力も古代の能力者の力を再現したものに過ぎない」
「なるほど……?」
「だけどあなたは触媒も必要とせず、思うがままに新しい力を次々と生み出している。そういう人間を異能の世界では“異能力者”、異次元の力を行使できる稀有な存在として特別視しているのよ」
正直まだピンときていないのだが、どうやら俺は異能の世界でもかなり貴重な存在らしい。
しかも彼らの間では俺は久遠の懐刀のような扱いをされているときた。
……ほんと、色々と頭が痛くなってくる話だな。
「つまり厄介ごとに巻き込まれるっていう話は久遠を支持している傍流派から担ぎ上げられ、本家派からヘイトを無駄に集めることになるかもしれないからってことか?」
「大体はそんな感じ。だから彼女はこの儀式の話をあなたにしなかったのでしょうね。それに懐刀云々の話も一族の人間が勝手に言い出したものだし」
知り合ってまだ半年の仲だが、久遠は虎の威を借る狐ではないと思う。
考えられる可能性としては全く他意なく事件についてばか正直に報告したか、あるいは俺や久遠も知らない監視が存在したかのどちらかだろう。
「というわけだから、面倒ごとに巻き込まれたくないのなら連休中家で大人しくしていなさい」
となるとアリシアの言い分は至極尤もなもの、なのだが……。
「最後に確認しておきたいんだけど、その儀式で命を落とす可能性ってあるのか?」
「ここ四半世紀はそういった事故は起きていないと聞いてるけど、それが?」
「いやいや、ただ気になっただけだよ。そんな心配しなくても俺は連休の間はちゃんと家にいるから安心してくれよ」
「…………はぁ、わかった。一応そういうことにしておく」
通話越しにも関わらず突き刺さるアリシアの冷たい視線に冷や汗をかきながら、「お、おう!」とだけ答えると、俺は視線を机の上のデジタル時計へと向ける。
時刻は夜の11時半、電話を始めてからもう2時間も経っているのか。
明日も学校だしそろそろ切った方がいいな。
「時間も時間だしそろそろ切ろうと思うんだけど、他に俺に確認しておきたいことってあるか?」
「えーっと……、わたしの方からは特にないわね。それと本当にごめんなさい。こんな夜遅くに電話をかけて……」
「気にしなくていいって。俺の方こそ色々と知れて助かったし」
「そう思ってもらえたのなら嬉しいわ。それじゃまた明日」
「おう、また明日」
通話を切り、スマホを机の上に置くと、俺はそのまま風呂場に向かって歩き出す。
さてと、それじゃ今の内に仕込みに必要な技術を習得するとしますか。