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「ふぅ……疲れたあ」
スキル『身体強化』で全力疾走しつつの『水魔法』でリアルに再現した動物を大量生成させつつ、それらが一連の事件の主犯と思わしき連中を取り囲む様に遠隔操作する。
いくらレベルが100を超えているとはいえ、これだけのことをすると体力、精神力、そして魔力の消耗も半端じゃない。
……しかしこれで。
「準備は整ったな」
「準備?」
「んにゃ、こっちの話。で、久遠はあいつらに見覚えはあるか?」
一息つくと、俺は一緒に茂みに隠れている久遠に問う。
「顎ひげを生やした男は知っています。確か追放処分を受けた久居家の方です」
「他の2人は?」
「……ごめんなさい。どちらも見覚えはありません」
やっぱり他の2人については何も知らないか。
まあ『鑑定』で調べた情報を見るに両方共に久遠とは関わりのなさそうな奴らだからな。
「謝らなくてもいいよ。それでその久居って奴について何か知ってることはある?」
「久居家は結界系統の術に長けていたと聞いています。ただ数十年前に違法な資金稼ぎに加担したとかで退魔の世界から追放された家ですから、あの男個人についてはよく分かりません」
「わかった。とりあえずあの顎ひげ男は警戒しておこう」
「……ところでその、お聞きしたいことがあるんですが」
そう言いながら頭の中で襲撃計画を練っていると、久遠がおずおずと俺に尋ねてきた。
「何か気になることがあった?」
「気になることというか……彼らを取り囲んでいるあの動物たち。あれらは伊織君が使役しているんですか? それとも何か別の力で誘導を?」
そういえば『水魔法』による動物の再現は彼女の見えない所でやっていたし、そもそもそんなことが出来るなんて知らせていなかったな。
まあ特別秘密にする理由もないし、適当に説明するとするか。
「いや、あれはスキルで再現したものだよ」
「す、スキルで再現?」
「実際に見たらどういう事か分かるよ。それでここから脱出するにはどうしたらいい?」
「……結界解除の方法は主に3通り、術者が死亡するか、術者本人が解除するか、術式を破壊するかのどれかです」
「つまりあの顎ひげ男を上手い具合に抑える必要があるってことだな」
「……はい。ですので」
そう言うと久遠は懐から札を取り出すと、一瞬だけ目をつぶり、そして覚悟を決めたようにこう言った。
「私が錯乱の術で彼らの注意を引きます。伊織君はその間にあの動物を使って久居の者を彼らから引き剥がしてください」
「久遠が囮になると?」
「貴方はだいぶお疲れのようですし、ここは体力に余裕がある私が囮になった方が効率的かと」
どうやら久遠に無理をしていると思わせてしまったらしいな。
確かに疲れてはいるが、それでも彼女が考えているほど余裕がないというわけではない。
それに何より――。
「言っただろ? 準備は整ったって。俺たちはここで観客に徹していればいいんだよ」
◇◇◇
――side???
「クソっ!? なんだよこいつら!?」
無数の動物、と思わしき何かを前に岡島は悲鳴を上げる。
(……こいつはまた厄介な能力持ちを捕まえたな)
そんな岡島に若干の苛立ちを感じながらも、カイは自分を取り巻く状況について考察し始める。
本来この領域に対象以外の動物は出入りすることは出来ず、また残留していた動物も外部へ強制的に排出されるはずだ。
にも関わらずこうして囲まれている。
ということはこれらは結界内で新たに呼び出された、もとい“生成”されたものなのだろう。
「若旦那、オレらの周りに防御結界を張る事は出来ますか?」
「防御結界だと?」
「あいつらは何らかの術式で生成されたもの、つまり術者の霊力がなければ実体を維持することは出来ません。だから」
「防御結界に籠って霊力が尽きるのを待つ、というわけか」
落ちぶれたとは言えかつては名門と謳われた家の末裔である久居は、カイの考えを即座に理解すると新たに防御結界の術式を展開する。
それを見てカイは懐から煙草を取り出すと、改めて自分たちを取り囲んでいる動物らしきものへと視線を向けた。
(あれだけの数の実体化を維持し続けるのはどんな天才術者でも30分が限界だ。それに数が増やせば増やすほど、個々の質は劣化する)
カイは煙草に火をつけ一服すると、勝利を確信した笑みを浮かべる。
―――組織にて叩き込まれた術式に関する基礎知識を元に彼が組み上げた戦術は、相手が一般的な退魔士であったのなら百点満点の策だった。
術式による生成された物体は、それを生み出した術者の霊力を注ぎ込むことで実体化を維持することができる。
また実体化の数を増やせば増やすほど、個々に割くことができる霊力は減るものだ。
だから防御結界内に引きこもり術者の霊力切れを狙うこの戦術はシンプルかつ効果的なものだった。
そう、相手が一般的な退魔士であったのなら。
「お、おい。あいつら何か変だぞ……!?」
異変に最初に気づいたのはバリアのように張り巡らせられた防御結界内に逃げ込み封印解除のための作業を再開させた岡島だった。
カイと久居が彼が指差した方向へ振り向くと、動物らしきものがまるで時が止まったかのように硬直している。
(術者が霊力切れを起こしたのだろうか)
そうカイが考えた瞬間、動物たちはその姿を全く別のものへと変形、否、変身していく。
「……なんだ、あれは」
そこにあったのは不可思議で奇妙な外見をした浮遊体だ。
全長は恐らく60ミリ、丸い円盤とそれを挟み込むようにクワガタムシの鋏を思わせるような羽が取り付けられたそれは、中央部の暗い空洞をカイたちへと向けている。
「なにを、するつもり――」
カイがそう口を開きかけた瞬間、空洞から何かが超高速で防御結界へ目掛けて発射された。
「なっ……」
「ひいっ!?」
防御結界の被弾箇所はまるで穿かれたかのように大きな穴が空いている。
(おいおい、結界を貫通するなんてどんだけの威力なんだよ……!)
結界を破壊する術式は特別珍しいものではない。
問題はあの浮遊物体や発射された何かから一切の霊力を感じられなかったということだ。
「若旦那! 結界を補強しろ! オレはあれをぶっ壊してくる!」
「っ、分かった!」
そう叫ぶとカイは札を何枚か取り出して例の浮遊物体へと距離を詰めていく。
一方、浮遊物体はそんなカイの行動を気にも留めず第二射を防御結界に目掛けて放つ。
(……これは水か?)
距離が近かったためか、カイの顔に大穴、もとい砲口から防御結界を突き破るための何かを発射した際に漏れ出たのであろう何かが降りかかった。
その水からも特別な何かは感じられない。
そこらの水道管内を流れていそうな至って普通の水だ。
(それで何であんなことができるんだよ!)
カイはさらなる疑問に頭を悩ませながら、それでも浮遊物体を自分が握る札に封じ込められた術式の射程圏内に収めるほどに近づき、そして――。
「『走れ、炎狗』」
札が燃え尽きると同時に炎の矢が浮遊物体へと襲い掛かる。
事ここに至ってようやくカイの存在に気づいたのか、浮遊物体は回避行動を取り始めた。
(だが、今さら気づいた所でもう遅い)
炎の矢はその軌道を変え、浮遊物体を執拗なまでに追いかける。
カイが使った『炎狗』は命中するまで対象物を超高速で追い続けるという遠隔爆発術式だ。
退魔士でもこれを自由自在に編み上げられる者はごくわずかで、それが封じられた札は裏社会でも非常に高値で取引されている。
つまりこれはカイにとって秘密の切り札と言っていい代物だった。
――『炎狗』まで持ち出したんだ、これで仕留められないはずがない。
カイはそう考えると、炎の矢が浮遊物体に命中する瞬間を目撃しようとする。
そして『炎狗』が円盤の中央部へと命中したその瞬間。
「……あ゛?」
『炎狗』は水が敷き詰められたバケツに落とされた手持ち花火のように『ジュッ』と音を立てて消滅する。
――まさか、そんなはずがない。いやそもそもそんなことが出来る人間が現代にいるというのか?
(……あれは全て“水”で出来てるっていうのか!?)
カイがその驚愕の事実に辿り着くのとほぼ同時に、浮遊物体の砲口は彼自身へと向けられた。
「はは、死んだな。これ」
そんな呆気ない言葉を告げると共に、彼の身体は砲口から発射された何かによって宙へ投げられる。
意識が途絶える前にカイが最後に目撃したもの、それは自分を射ったものと殆ど同じ外見をした100は下回らないだろう浮遊物体が防御結界を破壊して、中の岡島と久居に殺到するというホラー映画じみた光景だった。