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「おお、これはすごいな」
突然現れたそれに、俺は思わずの声を出してしまう。
光が収まると、そこに久遠玄治の姿はなく、代わりに祭壇の真上には一続きになっている迷路のような泡が浮かぶ巨大な水の球が浮かんでいた。
泡の中には無数の赤い泡と、緑色の泡が1つだけ浮かんでおり、それらは絶えず迷路のような泡の中を動いている。
「すみません。あれって何ですか?」
「あちらは当主候補者様が潜られている全5層からなる迷宮結界の内部構造を水を用いて視覚化したものです。あの赤い泡は捕らえた妖魔、そしてあちらの緑色の泡は当主候補者様を表したものとなっています」
「はー……」
近くにいた少女型の式神に話を聞き、俺は再度感嘆のため息を漏らす。
つまりあれは俺の【追跡・探知魔法】を拡大発展させたようなものなのか。
ん、ということは【鍛冶技巧】や【設計】を使ってあれに似たようなものを自分でも作れるのでは?
そんなことを考えながら【選定の儀式】を観戦していると、30分ほど経ったタイミングで4層目に当たる部分で久遠玄治を表している緑色の泡が大量の赤い泡、妖魔の群れに取り囲まれ立ち往生してしまう。
さっきの式神の説明から察するに、多分あれは妖魔の集団とかち合ってしまったっぽいな。
緑色の泡、久遠玄治は右往左往しながら周囲の赤い泡を少しでも消そうと試みるが、状況は何も変わらない。
やがて久遠玄治は袋小路に入り、妖魔から逃れられなくなってしまう。
「……ふん、これで本家のボンクラもおしまいだな」
「これからは我々が退魔の、いや日本の異能社会を……」
その光景に周囲の老人たちはそのようなことを囁き始める。
正直俺もあいつのことは好きじゃないけど、だからといってあんな風に陰口を叩いているのは聞いていると、何かこうモヤモヤするな。
「……?」
その時、ふと茨さんの姿が視界に入る。
彼女も久遠と同等か、あるいはそれ以上に美しいのだが重要なのはそこではない。
「―――」
茨さんは穏やかな笑みを浮かべながら、何かを呟きその両手を合わせる。
そして次の瞬間。
「おいおいおい、ウソだろ!?」
「ははは! 流石は玄治様だ!」
突如赤い泡が大量に消失し、緑の泡は凄まじい勢いでゴールである最上層を目指し始める。
突然の急展開に久遠玄治を支持する者は歓喜し、反対に久遠玄治が自分たちのトップになることを好ましく思っていない者は動揺を隠せずにいた。
(っ、『鑑定』!)
―――――
対象:立体式瞬間型情報投影術
効果:特定地域で起きている事象をリアルタイムで水球に投影することができる。またその範囲は非現実世界も含まれる。
現在は久遠家の迷宮型結界術式の内部を投影している。
状態:スキルレベル【汚染】
補足:術式展開時点で細工が施されており、術者の思い通りに内部の物体を操ることが可能となっている。
―――――
どうやら嫌な予感は的中してしまったらしい。
この【選定の儀式】は初めから何者かにコントロールされており、久遠家の正式な次期当主はその者の気分次第で選ばれてしまうようだ。
そして問題はこの術式に細工を施したのが何者なのか、という話なのだが……。
(ま、十中八九あの人がやったんだろうな)
そう考えて今度はにこにこと笑っている女性、茨を対象にして【鑑定】を発動してみる。
――――
対象:『撹乱』により開示不能
状態:『撹乱』により開示不能
補足:『撹乱』による開示不能
――――
「……っ」
「如何されましたか?」
「あー、いや何でもないですよ。本当に」
鑑定結果を見てよっぽどな表情をしていたのだろう。
(こういう時、偽体だったらもっと楽に対処できたんだろうな……)
話しかけてきた式神を内心冷や汗をかきながら対応すると、俺は改めて巨大な水球へと視線を戻す。
茨を鑑定して得られた情報は、彼女は俺の【鑑定】のような能力を知っていてそれに対抗できる力を持っているということだけだった。
そしてこれまで久遠やその一族の人間を問題なく鑑定できたことから、恐らくこの鑑定妨害能力は彼女のみが所有しているものだと思われる。
とりあえず介入の証拠を得ることは出来なかったが、茨を名乗るあの女性が普通の人間ではないということは分かった。
これが何かの役に立つかは分からないが、今のうちに知れたのは良い方だろう。
「おおお!」
「まさか1時間も経たずにあれが突破されるとは……、これは前代未聞のことだぞ!」
「やはり次の当主は玄治様で決まりだ!」
そんなことを考えていると水の球が消失し、あの祭壇のようなものの上には飄々とした態度の久遠玄治が現れ、一部の人はさらなる歓声と拍手を彼に送る。
ふむ、話の内容から察するに、あの結界を1時間で突破するのは至難の業のようだ。
ま、あいつがどんなカラクリで何分何時間であの結界を突破したかはハッキリ言ってどうでもいい。
今一番大事なのは……。
「それでは京里様、こちらへ」
「……はい」
立ち上がった久遠を俯いたまま、祭壇のようなもの中心へと向かう。
(ん?)
久遠玄治とのすれ違い様、何かやりとりをしたようだけど、ここからじゃ聞き取れないな。
久遠はというと、何か覚悟を決めたように表情を引き締め、観覧席の俺たちに向かって一礼した。
一応計画では前日この屋敷のあちこちに仕込んだ水魔法製ドローンを自爆させて大量の水蒸気を発生、その隙に久遠をスキルで作成した人形と入れ替えて小春の隠し通路で脱出するというもので、作戦決行の合図は屋敷の構造に熟知している彼女に一任している。
この作戦は絶対に遅れが許されないものだ。小春の行動は一挙一動も見逃してはならない。
そう自分に言い聞かせていた、まさにその時。
パチパチ、と場違いさを感じさせる拍手の音が突然聞こえてくる。
音が聞こえた方を見ると、そこには観覧席でどこか無気味さを感じさせるような笑みを浮かべている茨の姿があった。
「い、茨様? どうかされましたか……?」
「いえいえ、ただこのような素晴らしい催し物を開催してくださった久遠家の皆様に思わず感動してしまいまして」
そう言いながら茨は戸惑った様子の久遠が立つ祭壇へとゆっくり近づいていく。
「お、おい! これはどういうことだ、茨! 俺はこんな話聞いてないぞ!」
どうやら何も話を聞かされていなかったらしい久遠玄治は困惑した様子で茨に問いかける、
しかし茨はにこりと笑みを返すだけで玄治の問いに答えることはない。
そして茨は久遠の立つ祭壇の前にたどり着く。
「ですが、このような素晴らしい出来事をたった2人しか体験することができないというのはあまりにも勿体ないことです」
そして彼女は両手を広げてこう宣言した。
「ですので、ここにおられる皆様全員に儀式、もとい迷宮脱出ゲームに参加していただくことにしました」
茨がそう言い切ると同時に祭壇はさっきまでとは比にならないほど激しい光を放ち始める。
まずい! そう思って久遠と小春に手を伸ばしてスキルを発動しようとするが、その光はそれより前に俺たちを呑み込んでいき……。
「……ここ、どこだよ」
気がつくと、俺は水族館のトンネル水槽と桜並木を混ぜ合わせたような謎の空間に放り出されていたのだった。